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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

クモの巾着袋

アンナックの次に練習した図案を仕上げた。4×5センチ四方に「クモ」の模様を刺して、それを巾着に仕上げた。麻の布を二枚重ねにしてあるので、ぷっくりしてかわいい感じに。



伝統的な「クモ」の模様

あいかわらず自分のスティッチは気に入らないし、右下の白いクモは刺し方もまちがえている。とはいえ、トルクメンじゃないのに他の三つと違う部分が見つけられた人は、すごいかもしれない。もし分かったら、ぜひコメントください。

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妊娠したのは誰だ?

夏だったか、タイちゃんが今年二度目の妊娠をしたと思っていたら、じつは太っただけだったようで、その後出産はなかった。そして冬になり、犬猫たちの繁殖時期がやってきた。
去年、子犬の状態で拾ったタロ子・ジロ子は、雄犬たちが寄ってきたのでなんとか追い払ったつもりだった。しかし最近になって、タロ子(白い方)の乳首が目立ってきて、つまりは妊娠しているということが分かった。衝撃的だ! いつ、誰と交尾したのか。何回したのか! 見ていないので、分からない。ちなみにジロ子の方は、今のところ妊娠の兆しはない。

猫については、チーちゃんタイちゃんのセックスがそろそろ活発になるはずだ。春先に子猫が産まれることが続いているが、なんだか少しずつその時期が早まっている気もする。
なにより驚いたのは、一番の赤ちゃんだと思っていたガウシャンが、雄猫を誘惑してロミ夫、サーリジャ(大)、サーリジャ(小)をその背中に乗せていたことだ。たぶん、妊娠しただろう。彼女だけがチーちゃんタイちゃんの子ではないので、近親相姦でないことが救いだが、これだから雌猫は困るのだ。
少し前に、今年産まれた雄猫のマイケルがいなくなり、庭で飼っている猫は12匹になった。どこかのタイミングで、猫たちを何匹か南庭に移す必要があるだろう。南庭は住宅街ではないし、いつのまにかいなくなる猫が出て、数が減っていく。産まれる子猫の数も、かなり少ない傾向がある。
パンの女王ガウシャン

最近はモミモミもしなくなり、「ガウシャン!」と呼んでもわたしに走り寄ってくる確率が下がってきた。急激に成長し、あと一ヶ月ちょっとで母親になるのだろうか。この数日、わたしのコートやバッグの中をごそごそしているけれど、まさか出産場所を探しているのではあるまいな?

刺繍

刺繍を再開して、最初の作品が仕上がった。自分のスティッチには大いに不満がある。しかしどうやったら上達するのか、まったく分からずお手上げだ。

アンナック

このアンナックは、長さが42cm、幅が2cmの輪っかになっている。毎晩できる限り刺して、二週間以上もかかってできあがった。配色は、義母の作品の一部を真似たので伝統的なものでまちがいはないはずだが、一応見せに行って講評してもらおうと思う。簡単そうな模様でも、刺してみると細かいところの処理が分からず、適当に処理したら美しく仕上がらなかった。順番に刺していけば仕上がるのではなく、仕上がりを想像した上で、こんな細かいひと目ひと目を計算しながら刺していくのが筋なのだろう。実に難しい!


上の刺繍は、この辺りでも一番上手だと言われている刺し手によるワッペン。いつも自分が一所懸命刺したあと、「まあまあよくできたかな」と思って彼女のスティッチと比べている。するとたちまち、よく刺せたと思っていた自分の作品がゴミに見えてきて、不愉快になる。その差は歴然としているのだ。
刺繍のうまさは、練習することで上達する部分もあるだろうけれど、おそらくその人が持っているもともとの上手さというのがあると思う。絵を描くのが上手な人は最初から上手なように、刺繍のうまい人も最初からセンスがありそうだ。そういう人が何十年も刺したらどうなるか。この刺し手や、義母のようになるのだろう。
ちなみにわたしの刺した刺繍は、商品にはしませんのでご安心を。修業を重ねていつかは売り物も刺したいものですが。

デュシェメ

先週買ったチョウザメで、デュシェメを作った。カスピ海で取れるこの魚は、独特のにおいがあるのだが、今回のピースは臭みをほとんど感じなかった。


天然の魚は、火を通しても縮まない。それは、食べているものが合成された餌ではないからだ。脂で太らせた養殖の魚は、短期間に大きくなるよう餌で調整しているために、その身の質が違うのだ。そういうことをスウェーデンにいる頃からハリルにレクチャーされていたけれど、クミシュテペに来てからは野生に近い食べものを実際に見て、実感することができるようになった。

デュシェメ

デュシェメを作るときは、まずスライスしたにんにく、レーズン、ゼレシュク、クミンなどを揚げて塩をし、サフラン水でちょっと煮たものを作っておく。それから米を茹でておく。
鍋に油を敷き、スライスしたじゃがいも、たまねぎ、揚げた魚、レーズン類を順に乗せていき、最後にごはんで覆うようにしてしばらく炊いて、できあがり。野性味たっぷりの一品だ。
さて、夜が長くなったので、寝る前に刺繍をしている。わたしが作業をしているそばで、猫たちはうたた寝だ。ストーブの前には布団を折りたたんで高くし、暖がとれるよう猫用のベッドが用意されている。



寝ぼけて落ちた瞬間

こちらは寝室組。ベッドメイキングができないYO!

バラック

犠牲祭で殺した羊の肉を食べ終わってしまい、またタンパク質不足の日がやってきた。自分の飼っている鶏は、前回食べたときにあまりに痩せていたので、食べる前に特別に餌をやって太らせる必要があると思った。しかし四十羽いる鶏すべてを肥えさせるには費用がかかり過ぎる。食べると決めた鶏だけを、一定の期間、小屋に隔離して太らせたいのだが、あいにく家禽部屋にはいま4羽の雛と母親が住んでいるので、実行に移すのはもう少し後になりそうだ。
そんな中、ハリルが野鳥を買うようになった。野鳥は、ハンターが撃ったものを家まで持ってきてくれるのだが、これは内緒(違法)だ。ブログにも載せるなと言われているので、これが最後になるかもしれない。しかしこの季節のクミシュテペのごちそうなので、チャンスのある人はみんな食べていると思う。


鶏と違い、この野鳥は羽根をむしるのが大変だった。途中でハリルに助けを求めた挙句、もう野鳥はいやだと言ったら、タンパク質が必要だとあれだけ言っておいてなんだと言われた。たしかにそのとおりで一瞬黙ったけれど、だからと言ってどうしてこう極端に「撃ったばかりの野鳥」を処理することになるのか。魚のうろこを取る方がまだましだ。反撃しましたとも。


文句は言ったものの、わたしもこの鳥のおいしさを知ってしまっているので、さっさと料理に取りかかった。羽根をむしったら、内臓を除いてそこに詰め物をして、たまねぎとトマトと一緒に油で揚げる。詰め物はたまねぎ、にんにく、レーズン、ゼレシュク、サブジを炒めたものにした。
内臓は、たまねぎと一緒に揚げてトマトで煮込んで食べたら、ものすごくおいしかった。鶏の心臓やレバーとはまったく味が違う。


色よく揚がったら、鍋に水を足してチェクディルマの要領で二時間ほど煮込む。塩をして、米を入れて炊いたらできあがり。


揚げているあいだに肉から脂が溶けだしてきて、サブジやにんにくと混ざった、ものすごくおいしそうな香りがする。この鳥は魚を食べるので、肉は脂の乗ったはまちのようなのだ。ハーブやレーズン、酸っぱいゼレシュクの味がよく合わさり、満足度200%の一品だ。栄養も相当なものなのだろう。食べたあとは長いあいだ、お腹が重くなる。なんというか、「本物の」食べものを食べた気になるのだった。

雨と時間と…

秋になり、ときどき雨が降るようになってから、庭の緑が保たれている。夏のあいだに恋い焦がれていた飲み水も、十分溜まったのでひと安心だ。しかし今度は気温が下がってきて、冬の訪れを感じ始めた。それもそのはず、いつのまにか12月に入っているじゃないか!

庭に生えた草

夏から成長が止まらないミニトマトが赤くなってきた!

大人になると時間の経つのが早く感じることを心理学的に説明した「ジャネーの法則」というのがあるそうだ。これを友人に聞いて知ったのだが、生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例するという。たとえば「一年」は、50歳の人にとっては50分の1だが、5歳の人にとっては5分の1に相当する。自分の知っている時間の総数と比べて、一年という時間を大きく感じたり小さく感じたりするのだろう。しかしこれは自分で書いていて、論理的にまちがっていなくても、どこか腑に落ちない。相対的に短い時間だからといって、「なぜ」早く過ぎたように感じるのか、ここのところが理解できないのだ。ずっと考え続けても分からないので、自分がちょっとバカなんじゃないかという結論に達している。
いずれにしても、時間が早く過ぎると感じるのは本当だ。同じことの繰り返しだと早く感じるというのも、あり得そうだ。そうならば、「砂漠で生活」などという新しい経験を続けてきたこの5~6年は、長く感じるはずなのだが…。う~ん、たしかに、「あっという間」とも言いきれない気がする。あんなこともこんなことも、盛りだくさんだった。予期しないことの連続が収まって、平穏な日々が続くようになった今だからこそ、時間の経つのが早く感じるのかもしれない。


ある雨の午後、鎖を外して自由にしたタロ子・ジロ子は、小屋のひさしの下で昼寝をしていた。そこに猫たちが集まって、寝息を立てて眠るジロ子を湯たんぽ代わりにしていた。外猫用の湯たんぽも日本から用意してきたのだが、置く必要はなさそうだ。夜もこうやってくっついて寝ているのだろう。


こちらは家猫のガウシャン。パンが大好きなので、犬猫用に買ったパンを全部食べていいよ! と言ったら、あちこちのパンを一口ずつ齧っていた。

かりん飴

かりん飴を作った。かりん飴の場合、果肉は煮たあとで捨ててしまうので、中まで傷んでいるかりんがあるときに作るようにしている。きれいな果実がある場合は、まるごとを使ってジャムにする。作り方は、飴の方が簡単だ。果実の傷んでいるところを取り除き、適当な大きさに切って鍋に入れたら、全体が浸るくらいの水を入れて煮る。液体が色づいてきて、果肉も十分煮込んだら、ざるで漉して液体の重さを計る。その75%くらいの砂糖を加えて再び火にかけ、好きな固さになるまで煮て、できあがり。
一時間くらい煮ればいいのだと思うが、今日はかりんを煮ているのを忘れて、鍋を火にかけたままお葬式に出かけてしまった。遠くなかったので戻ったときにも問題はなかったが、長時間煮たために色が濃くなったような気がする。みすず飴よりはやわらかく、スライムよりは固いので、ティースプーンにくるくる巻いてから舐めることができる。

飴を口に含んだまま紅茶を飲むと、フルーティないい香り!

ところでお葬式から戻る途中、ハリルと話していて、将来についてのお互いの意外な展望が明らかになってしまった。
ハリル「おれはここ(クミシュテペ)で死にたくない。死ぬ前に早くここを脱出しなければ」
クミコ「え? わたしは今朝、死んだらここに埋葬されてもいいかなと思ったところだよ。いったいどこへ移りたいわけ??」
ちぐはぐな二人の運命やいかに。

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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