忍者ブログ

砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   
カテゴリー「日常」の記事一覧

バルトリン問題

 体の一部の具合が悪くなり、しばらく様子を見ていたのだが、いよいよ病院に行かざるを得なくなった。婦人科マターで、患部が局部なので気が重く、自然治癒を願っていたのに悪化という始末だ。
 この病気は二十年以上前からときどき現われていた症状で、バルトリン腺が腫れるというもの。気になる人は、「バルトリン腺炎」や「バルトリン腺嚢胞」で検索するといろいろ出てくると思う。十年前にスウェーデンで穴を広げる手術をしたことで治り、さっぱり忘れていたけれど、ここに来て再発してしまった。クミシュテペのクリニックに行くと、トルクメン語は話さないペルシャ人の女医さんが診てくれて(通訳なし)、隣町バンダルの病院に行くようにとのことだった。診断書も紹介状もなく、口頭での指示だけだったのでどうなることかと思っていたら、偶然出てきてくれた別のドクターが助けてくれた。彼はハリルの知人で、いつもなにかしら助けてくれる。
 彼に連れられて、ドクターたちが待機する二階の部屋に行くと、別のドクターと相談の上、なにか手配をしてくれたようだった。わたしの受けるべき手術は簡単なものだそうで、バンダルの手術室を予約する必要があるということだった。一階にいるまた別のドクターに手配を頼んでくれたので降りていったら、最初に診てくれた女医さんが出てきて、その手配をしてくれた。なぜ最初からそうしてくれなかったのかと後でハリルに聞いたら、おそらくわたしが英語を話したので、金持ちの外国人だと思い、私立の病院に行くよう指示したのだろうという。貧しいクミシュテペ民用の保険証も見せたのに、女医さんは初め、それは使えないと言ったそうだ。私立のドクターは手術室を持っていないため、国の手術室を借りることになり、わたしは多額の医療費を請求されるところだったろう。予約までの時間も長くかかるだろうし、このヘルプは大きかった。わたしはたしかに金持ちの外国人かもしれないが、ここクミシュテペで、貧しいクミシュテペの人と同じように暮らしているのだ。日本に戻ってお金をもってくるくらいだったら、日本で医療を受けたい。と言いたいが、そんな理屈は通じないだろう。
 結局、三日後の朝、その病院に予約を取ってくれた。腫れは大きくなってきているので、それまで絶対安静だ(自己診断)。しかしわたしが受けるのは手術ではなく、「処置」だと予想している。注射器で局部から膿を抜くという、恐ろしく痛い処置だろう。受ける前から泣けてくる。
 ハリルの友人ドクターのヘルプは大きかったが、それ以上に有用な情報も手に入れた。彼が言うには、クミシュテペの経済ももう機能しておらず、人々は騙し合いながらお金を得て生活するしかなくなっているとのことだ。彼も鶏ファームを持っていたのだが、少し前に手放していたので、本当に運がよかったと言っていたそうだ。そういえば、このあいだ居間の扇風機を直しに来た職人も、いい加減な仕事をして帰っていった。彼が帰った後、扇風機が傾いて落ちそうになり、危うく怪我人(または死人)が出るところだったのだ。扇風機はその後、別の町から職人を呼んで、2~3倍の料金を払って直したので今のところよくなったけれど、プロペラが古いのでそのうち替える必要がある。


 気を取り直して、かわいい子猫を見よう。どうやらオス・メス半々のようだ。黄色が二匹オスで、白っぽいのと黒がメス。黒いのは顔と手足の先っぽが黄色く、また首回りが黄色い、おもしろい色をしている。もう少ししたら、ライトを当ててきれいな写真を撮りたい。

PR

不穏な日常

 今日は朝から強風で、桑の木が真ん中あたりから折れてしまった。おまけに「庭の太陽」と崇めていた梨が、根元に落ちていた。気分が落ちる要因がなぜ重なる?

折れた桑の木。のこぎりで切り落とした

落ちた梨の実!

 しかしこれらのことは、大したことじゃない。イラン国内は今、かなり混乱しているのだ。アメリカのトランプ大統領がイランに対する制裁を強化したことが影響して、テレビやラジオでは伝えられていないものの、テヘランでは多数の反政府デモが起こり、金融の機能は停止していると聞いた。ずっと共に仕事をしていた、テヘランにいるハリルのパートナーが、「スウェーデンに移った方がいいよ」と助言してきたそうだ。モンゴルでの商売も、なんとか保てていたものが、これで台無しになる可能性が高い。そうなったら、わたしは一生あの大統領を恨むだろう。五ヶ国が何年もかけて協議したことを、一人で勝手に覆す権利はないと思うし、こちらは大迷惑を被っている。
 不満を言ってみても、起こるべきことは起こるだろう。一体イランはこの先どうなるのか? 誰にも分からないだろうが、自分の人生が政治に翻弄されるだろうという予想は立つ。この国を出ることは、誰もがまず考えることだから、わたしも考えなければならないが、状況が見渡せないと考えもまとまらない。まったく人の人生・生活というものは、ちっぽけなものだと思う。政治や自然災害のために、簡単に蹴散らされてしまうのだから。


 そんな中、キティが出産した。朝から鳴きつづけてうるさいくらいだったけれど、今日だったのか。自分から段ボールに入っていて、気がついたら4匹がぶら下がっていた。でも家の中での出産を選んでくれたことは、うれしかった。

台所の大掃除

 猛暑が続く中、思い切って、台所の大掃除をした。クモの巣や埃を払い、窓ガラスを拭き、換気扇を洗う。冷蔵庫の上や後ろを拭いて、その下に溜まった埃も掃き出した。台所にあるものすべての棚卸をして、不用品を整理した。棚を拭いて、鍋や食器を洗い、ガス台全体の油汚れも洗い落す(これはまだ未完の作業!)。
 天井にぶら下がるクモの巣が気になっていたこともあったけれど、それよりも掃除をする理由になったのは、西側の窓ガラスをなにかで覆いたかったからだ。午後になると西日が射してきて、立っていられないくらい熱い部屋になっていたので、窓をカーテンで覆うために掃除が必要だった。結局はカーテンではなく、紙を貼って日差しの問題を解決した。この紙は、洋服の型紙用の安いもので、以前に姪に頼んで買ってきてもらったものだったが、意外なところで活躍した。これで、朝は少し薄暗くなるものの、午後は日が入らず暑さがだいぶましになった。


 英語を習いに姪と甥が毎日来るので、おやつのレパートリーを広げようとがんばっている。今日はパウンドケーキの配合を変えてみた。バター(マーガリン)、砂糖、卵、小麦粉すべての材料を同じ量で、パウンドケーキの基本どおりに焼いたら、普段よりずっと濃厚なケーキになった。これだとパクパクとたくさん食べられず、小さな一切れで満足してしまう。しかし子供は与えれば与えただけ食べてしまうだろう。子供の食欲は、恐ろしいときがある(特におやつ)。

いちじくのスライスを乗せました


 英語よりケーキが好きであろう、ナーセルの長男。初めて会ったときは赤ちゃんだったのに、こんなに大きくなった。しかしお姉ちゃんがいないととたんに自信がなくなる彼の性質を、今日発見した。

ロッパー・ハリル

 ハリルは砂漠で牛や羊を追うとき、いつも日本のスニーカーを履いている。五年かけていろいろ履き倒した後にたどり着いた最高のスニーカーは、タイヤメーカーDUNLOPのものだった。他のどのスニーカーも、砂漠のでこぼこ道を歩き回るとすぐにソールが取れてしまったけれど、DUNLOPだけは取れたためしがない。壊れるとしたら、アッパーのどこかに穴が開いてしまうのだが、少しくらい穴が空いても靴の機能は依然として保たれるので、何か所にも穴が空いて、文字通りボロボロになるまでハリルは履いている。しかもそのスニーカー、ネットで買えば一足3,000円くらいの値段だ。30cmのスニーカーを見つけること自体難しいのに、こんなに用途に合致したものが安く手に入るので、ありがたい。DUNLOPのスニーカーについては、以前に取り上げられていたネット新聞の記事も読んだ。しかしライターは「自分では履かない」などと最後に書いていて、びっくりした。

赤点の部分を縫っています

 さて、上の写真は、ソールが取れて修理に出したスニーカー。クミシュテペでは靴は直して履くのが当たり前だし、日本や欧米のクオリティのスニーカーを履いている人はまずいない。今回の直しは、二足で10,000トマン(250円)。安すぎて心配だ。
 最近また、米ドルに対するリヤル(イランの通貨)が暴落していて、国内の経済は混乱しているようだ。対日本円もここに来た頃(5~6年前)は1,000トマンが43円くらいとして計算していたのに、いまや25円になっている。ということは、ドルや円を持ち込んでリヤルに換えて使えばウハウハじゃないか! と思う反面、イランの経済が破綻してすべてが紙屑になるリスクも考えると、難しい選択だ。しかし収入が増えない、または減っているにもかかわらず物価が高騰するだけなので、人々にはかなりの不満が溜まっている。ちょっと街に出ると、その話題ばかりで、ちょっと怖くなってきた。うちも御多分にもれず、まったく収入がなくなってから久しい。牛や羊は完全に赤字だし、ハリルの貿易関係の収入も、途絶えている。今はただ、モンゴルの肉の仕事の成果を待つばかりだ(ポシャっていないだけ、希望がある)。その前にイラン政府が倒れて混乱したりしないといいのだが。
 話を靴に戻すと、ハリルはこどもの頃、ろくに靴を持っていなかったそうだ。一足だけ、お兄さんと共用の、学校に履いていくための靴があったそうだが、午前授業のお兄さんが帰ってこないと学校に行けなかったんだとか。友達にもバカにされるので、「うちには靴が十足あるんだ! 大事に取ってあるんだ」と見栄を張っていたという。その話を聞くたびに、ハリルには靴を不自由させないようたくさん買ってあげようと思ってしまうのだが…。これって貢いでいるんだろうか。                                                                                                                                                                                                                                       

ストレッチ

 朝、突然、左の腕が上がらなくなった。キター! 四十肩? 五十肩? コップも落としそうなくらい痛いので焦ってしまい、すぐにネットでストレッチの方法を検索した。2~3種類のストレッチをやってみて、その日はなんとかしのいだら、翌朝は少しよくなっていた。
 よくよく考えたら、肩が痛くなる前日に、痛みの原因となることをしたのだった。うちの飲み水は、庭の地下水槽に溜めた雨水を使っている。20リットルくらいのポリタンク二つに雨水を入れて台所に置いているのだが、昨日はそのタンクに水を詰め替えたところだった。いつもは18リットルほどでやめている水汲みも、なぜか欲張って満杯にして持ってきたので、かなり重かった。それが肩の痛みの原因となったに違いない。


 二年前、腰痛で入院したあと、イランに戻って腰を普通に動かせるようになったころ、足の付け根が痛くなったことがあった。なんとかごまかしながら生活していたら、今度は太ももの内側にヒリヒリする痛みが出て、最後は膝が痛くなって、歩くのにも支障が出てきた。ここで病院に行くことは避けたいと常々思っているし、ヘルニアなどの重症でない限り、たいていは体のゆがみが原因なのだろうと考えていたので、そのときもネットで検索していくつかのストレッチをするようにした。すると驚くべき効果があって、足の痛みは徐々に、そして完全に消えたのだった。それ以来、寝る前にストレッチをする習慣を身につけて、足の痛みも腰の痛みも出なくなった。ストレッチをさぼるとおもしろいように痛みは戻ってくるので、この習慣は一生続けたいと思っている。膝の痛みを訴えていたハリルにも勧めたら、彼の場合も痛みが取れた。そしてさぼるとまた痛くなるのだ。それから、寝ているあいだに足がつって起きることもなくなった。
 四十肩が怖いので、予防のために、これまでにやっていたストレッチ7種類に3種類を加えることにした。十種類のストレッチというと大げさに聞こえるけれど、実際にやると十分くらいだろうか、まったく簡単なことだ。わたしはなぜだか自分にヨガが合うと思っていて、ヨガのDVD付の本を買ってきたにもかかわらず、そちらは習慣づかなかった。あとは簡単な筋トレを日常的にできるようになると満点なのだが、今のところその兆しはない。
 いずれにしても、体は使ってなんぼだと実感している。だるくても、少しくらい痛くても、安静ばかりしていてはだめで、無理にでも体を動かす仕事に取りかかると、思っていたよりは楽に体がついてくる。肉体は、動くことで調整するしくみを持ったものなのだと思う。

イチジクの木

 今年は春に、イチジクの苗を二本植えた。二本とも義母の家の庭に生えたもので、根が出ていたのですぐに育つかと思ったら、まったくといっていいほど大きくならなかった。一本は葉まで落ちてしまい、もうだめかと思っていたのだが、先日、周りに生えている雑草を抜いて、ほかの果樹と同じように根元ケアをしたら、なんと葉が出てきた。


出た!

 根元ケアをする前から蕾らしきものはあったけれど、これまで生えては落ちてを繰り返していたので、今回は期待したい。イチジクはどの家にも大きな木があるほど一般的な果樹なので、これが育たなかったらおかしいと思う。

 ところでお隣さんのイチジクが壁越しに垂れてこないか念じている件だが、果実はたくさんなっているのに食べ頃の実が見当たらないのはどうしてだろうと思っていたら、今日その理由を見てしまった。


うちの鶏!

 壁に登って、熟れた実を突いて食べていた。アホなのか賢いのか、ますますわからないトリだ。



さらに枕

 枕の縫い直し、第二弾。新しく二つ追加したことで、四つが仕上がった。今回の古い枕は鶏の羽と野鳥の羽の入ったものだったので、詰め替え作業が想像どおりカオスだった。ひとつ、野鳥の羽は鶏の羽よりよっぽど軽いということを学んだ。


 英語を習いにうちに来ているナーセルの三女が、レッスンの後に作業を手伝ってくれた。毎日なにかしらの家事を手伝ってくれるので、わたしも無理に家事を見つけてやることになり、はかどっている。今日は写真を撮るくらいしか彼女の出番はなかったが、昨日は玄関前に石をきれいに並べる作業をして、一輪車で土を運んでくれたり、かなりの助けになった。

新調した枕本体


カバーを二重につけてできあがり

 彼女は12歳で、夏休み明けの学期から英語の授業が始まるそうだ。休み中にアルファベットはすらすら書いて読めるようになってほしいと思っている。
 毎日卵を集めたあとに、えんぴつで日付を書く仕事もやってもらっている。わたしは西暦で725(7月25日)などと書いているので、彼女にイラン歴だと何月何日かを尋ねたら、わからないと言っていた。おばあちゃんなら知ってるって。今が何月かわからない12歳って、だいじょうぶなんだろうか。おばちゃん心配です。

最新記事

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

P R

Copyright ©  -- 砂漠人5 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]