忍者ブログ

砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   
カテゴリー「動物」の記事一覧

妊娠したのは誰だ?

夏だったか、タイちゃんが今年二度目の妊娠をしたと思っていたら、じつは太っただけだったようで、その後出産はなかった。そして冬になり、犬猫たちの繁殖時期がやってきた。
去年、子犬の状態で拾ったタロ子・ジロ子は、雄犬たちが寄ってきたのでなんとか追い払ったつもりだった。しかし最近になって、タロ子(白い方)の乳首が目立ってきて、つまりは妊娠しているということが分かった。衝撃的だ! いつ、誰と交尾したのか。何回したのか! 見ていないので、分からない。ちなみにジロ子の方は、今のところ妊娠の兆しはない。

猫については、チーちゃんタイちゃんのセックスがそろそろ活発になるはずだ。春先に子猫が産まれることが続いているが、なんだか少しずつその時期が早まっている気もする。
なにより驚いたのは、一番の赤ちゃんだと思っていたガウシャンが、雄猫を誘惑してロミ夫、サーリジャ(大)、サーリジャ(小)をその背中に乗せていたことだ。たぶん、妊娠しただろう。彼女だけがチーちゃんタイちゃんの子ではないので、近親相姦でないことが救いだが、これだから雌猫は困るのだ。
少し前に、今年産まれた雄猫のマイケルがいなくなり、庭で飼っている猫は12匹になった。どこかのタイミングで、猫たちを何匹か南庭に移す必要があるだろう。南庭は住宅街ではないし、いつのまにかいなくなる猫が出て、数が減っていく。産まれる子猫の数も、かなり少ない傾向がある。
パンの女王ガウシャン

最近はモミモミもしなくなり、「ガウシャン!」と呼んでもわたしに走り寄ってくる確率が下がってきた。急激に成長し、あと一ヶ月ちょっとで母親になるのだろうか。この数日、わたしのコートやバッグの中をごそごそしているけれど、まさか出産場所を探しているのではあるまいな?

PR

コッコの死

鶏のコッコが死んでしまった。数日前から様子がおかしいのは気がついていたのだが、群れの中でも体が一番大きい若い彼が、まさかこんなにあっけなく死ぬとは思わなかった。
彼は毎日、庭をうろついて餌を食べたり、猫の群れに混じったり、わたしの足にまとわりついたり、元気に過ごしているように見えていた。異変に気がついたのは少し前で、30cmもの段差に飛び乗れない、つまり飛ぶことができなくなっているのを見つけたのだ。それは一時的なものだろうと思って放っておいたのだが、思い返すと、体が一回り小さくなって体の色味が悪かったり、姿勢が悪く縮こまっていたような気がする。

雄鶏は背筋がすっと伸びているのが特徴なのに

ある夕方、壁を乗り越えられないために小屋に戻れず、コッコは外で夜を明かしたことがあった。「コッコは自由でいいね」などと思って放っておいたのだが、そうではなかったようだ。


不死身だと思っていたコッコが死んでしまい、ショックだし、とてもさみしく感じている。夕方、小屋まであと数メートルのところでうずくまっているコッコを抱えたら、足が冷たくなっていた。動けないようなので家に入れて、死ぬ瞬間まで首をさすってやった。しかし猫のロチを見送ったときもそうだが、動物は死ぬ瞬間はそっとひとりにしておいてほしいのかもしれない。そんな気がした。

犬を繋ぐ

庭には犬が4匹いる。一年前に拾ったタロ子・ジロ子と、以前からいるジャポンとバグティだ。タロ子とジロ子はすっかり吠えることを覚えてしまい、通行人があると4匹で襲いかかる勢いなので(うちの塀が壊れていて、庭と道がつながっている)、ついに4匹を繋ぐことにした。

手前はジャポン

と言っても、タロ子とジロ子は子犬のときから繋ぐ習慣をつけているので簡単だ。口笛を吹いて呼ぶと、ここに鎖が待っていても、走ってわたしの元にやってくる。なんてかわいい犬たちなのだ!
 
手前がタロ子

最近は、犬が吠え始めたときに合図の口笛を吹くようにしている。そうすると、タロ子はわたしの方を見て吠えるのをやめ、お座りをする。本当に賢い犬だ。しかしジロ子はダメだ。アドレナリンが止まらないようで、同じ合図をしても吠え続ける。棒を振り上げたり石を投げるふりをすると、ハッとしたようにお座りをする。そばに行って制御しないと、また吠え出したりする。姉妹でも、こればかりは生まれつきの性質なのだろう。一緒に餌をやるとジロ子が遠慮して食べないので、位はタロ子が上のようだ。そのせいか、タロ子の方が肉づきがいい。
ジャポンもだましだまし繋いでいるが、繋がれた半径2メートルくらいの土を掘り起こしているので、ストレスを感じているのだろう。これまで自由に行動してきたので仕方がない。これからは夜の街をうろついて撃たれたりしないよう、家に置いておくつもりだ。

バグティ

問題は、バグティだ。結論から言うと、彼を繋ぐことは諦めたのだが、そうなると夜出歩いて殺処分にあったり、通行人を噛んで死刑になったりする可能性がある。特に、うちをよく思っていない人を噛んだりしたら、一巻の終わりだ。イランでは、噛まれた人が噛んだ犬を殺処分してほしいと申し出れば、そうすることになっているからだ。
犬用の鎖とフックを買いそろえた日、わたしはバグティも騙してフックをひっかけることに成功した。彼は鎖を持って近づこうものなら、すぐに察して逃げてしまったし、首輪を掴んだだけでもかなり暴れていた。首輪にフックをひっかけたあとも一分としないうちに鎖を切って逃げてしまったのだった。鎖の最後の部分は輪っかにして、プラスチックの結束バンドを5~6本結んで留めていた。しかしそんなものはバグティの力で簡単に切れてしまった。砂漠の方へ走ったバグティに一度は追いついたけれど、鎖を手に取っても家まで引いて帰る自信がなかったので、自ら戻って来るのを待つことした。しかしそのほんの数十分後、バグティは鎖とフックが取れた状態で帰宅していた。おそらく、誰かが外してやって鎖とフックは盗んだのだろう。とんだ散財だったし、ひどく暴れるバグティを繋ぐことができる可能性は低いので、あとは運を天に任せるしかない。

南庭で産まれた9匹の子犬たちは、順調に育っているようだ。




ハリルの左側にいる白黒の犬が母親、右手にいる黄色と白のは去年産まれた犬だ。彼女は長いこときちんと立てずに足がふらふらしていたが、今日は飛び跳ねていたので驚いた。目のふちはあいかわらず赤かったので、まだ調子は万全でないと思うが、神経の状態はましになったようだ。クミシュテペは海からの風が冷たく朝晩は冷えやすいので、動物にもリウマチのような症状が出やすいのかもしれない。

犬猫の餌やり

半年ぶりにガラジャが戻ってきて、庭で餌をやっている猫が14匹になった。犬は4匹。これだけの数になると、餌の量の確保もたいへんだが、餌やりも相当難しい。
最近は、鶏ガラをたくさん買ってきて、それを大きな鍋でやわらかくなるまで煮込んで骨ごとバラバラにした後、パンを入れて餌を作っている。鍋は鶏ガラが30羽分は入ると思うが、一日に調理するのは10羽くらい。パンは、固くなったもの(売れ残り)を少し安く買えるので、これも大量に買い置きしている。毎日10枚くらいを水に浸し、やわらかくなってから水を絞り、それを鶏ガラスープの鍋に放りこむのだ。もちろん、すべて手作業で。
できあがった餌は、地面に置いてしまうと公平に行き渡らないどころか、鶏が食べてしまうので(共食い)、日が暮れて鶏が寝る体制に入ってから、犬猫の餌やりを始めることにしている。暗い中で獣相手のワイルドな作業をするのは余計に難しいのだが、鶏も猫も犬も、あまりに自由な放し飼いにしているので仕方がない。
鶏は日が暮れると自ら寝床に収まる習性がある。彼らが庭を引き払ったあと、まずは猫に餌をやる。タロ子とジロ子は繋いでおき、ジャポンとバグティにはひたすら「ジッ! ジッ!」と怒鳴って牽制する。そして鍋からバケツに移した猫の餌を持って庭の中央にあるコンクリートの囲いへ向かって急ぐ。囲いは地面より高い壁になっているので、そこに餌を置いて、猫だけに食べさせるのだ。猫たちは餌がもらえる場所を分かっているので、わたしより早く現場に到着するものの、餌を鍋からバケツに移すときがものすごい。鍋に入ってしまう猫、わたしによじ登る猫、それらを振り払うわたし。戦場と化している。
囲いでは十数か所に分けてポンポンと餌を置いていき、猫がひとところに重なっていたら首根っこを捕まえて誰もいないところへ移す。それを繰り返して、餌の「一山一匹」体制に持ち込む。


それでもジャポンが来て壁に前足を乗せて食べようとするので、それを牽制しながら、ジャポンを鍋のそばに連れ帰る。ここでもかなり、ワイルドな戦いがある。
そのあと、鍋からジャポンとバグティに餌をやり、彼らが食べている隙にタロ子・ジロ子用の餌を容器に入れて運んでやる。タロ・ジロは家の前に繋いでいる。そしてみんなが自分の目の前の餌に夢中になっているあいだに、鍋に残った餌を急いでバケツに移し、家の中に持ち込む。それは、南庭にいる犬猫の分なのだ。猫は6匹くらい、犬は3匹と産まれたばかりの子犬が9匹もいるので、ハリルが毎朝餌を運んでいる。


餌やりの作業が終わってみんなが食べているひとときが、達成感を持てる時間だ。今日も犬猫の胃袋になにか入った… と安心しているところに、南庭からハリルが帰ってくる。


こんなことを繰り返している毎日、これでいいのだろうかと思う。よくても悪くても、やるしかないのだが。

キティの不調

四日前、猫のキティの具合が悪いことに気がついた。庭に設置した猫ハウスにひとりでじっと座っていて、そこから出てきたと思ったら大きな声で鳴き始めたからだ。それが異常な鳴き方だったので、しばらくして家の中に置いて様子を見ることにした。

家に入ると、キティはふらふらしながら斜め右方向に向かい、壁に沿って様子をうかがっているように見えた。そのときは他の猫がいるかどうか気にしているのかと思ったのだが、どうやら身体的に不調があって、まっすぐ歩けなかったようだ。二日目に気がついたのは、右目の瞳孔が開ききっているということだった。歩こうとすると、ダダダッとバランスを崩して倒れてしまう。片目が見えないのだろうと思った。
脳梗塞でも起こしているのか? このまま失明してしまったり、体が不随になってしまったりするのだろうか? わたしはそんな最悪の場合を考えて、心配していた。しかしハリルは、キティを家の中に入れた時点ですぐに、彼女を撫でながら涙を流していた。まだ何があったか分からないというのに、もう死ぬとでも思っているのか? と、鼻水まで垂らしているハリルを見てちょっと呆れてしまったのだが、後で聞いたら、キティの痛みを想像して悲しかったようだ。自分が車にはねられたときのことを思い出していたのかもしれない。
キティは昏々と眠り続け、ときどき起きてはフラフラと歩いて、倒れていた。しかし食欲はあって、肉を口に持っていってやると食べていた。食べたことで、死はとりあえず遠ざかったろうと思ったけれど、不安そうに鳴くキティを見ているとやはり心配になった。キティはプライドが高く、ほかの猫を近寄らせない性格なのだが、なぜかサーリジャだけは好きなようで、彼を見ると自分からすり寄っていく。

 

できるだけサーリジャをそばに置いてやったけれど、彼はあまりキティのことを気にしていないようだった。
具合が悪くなってから5日目の今日、キティの右目の瞳孔は少し閉じ始めた。それと同時に、歩きも少しだけ安定に近づいたようだ。トイレも自分で外に出ようとするようになったし、このまま快方に向かうと信じている。
キティの病状についてインターネットで色々と調べたけれど、結局手がかりは見つからなかった。あるホームページでは、獣医さんが待ち構えていて、チャットで症状を伝えて相談に乗ってくれるというのがあった。尋ね始めたら、突然「デポジットを払ってください(二千円くらい)」と出たのでよくよく考えて、やめた。しまいには「近くの獣医さんに見せてください」と言われるような気がしたからだ。インターネットで人間や動物の病気の治療法を検索すると、ほとんどが「早く医者へ!」という結論なので、まったく役に立たない。猫の場合は「保温して」「休ませて」「食べさせる」、結局はそれがうちでできる一番の手当てのようだ。

犬猫

タロ子がお化粧をしていたので、写真を撮ってあげた。庭に置いてあった袋から石灰がこぼれてしまい、そこに顔をすりつけたようだ。


少し前のジロ子と同じく、タロ子も成人した。バグティがお尻のにおいを嗅いでいるし、見たこともない雄犬が家の前をうろうろしている。タロ子もジロ子も、拾ってから十ヶ月が経ち、美しい雌犬になった。ジャポンやバグティの真似をして吠えたり、猫たちと遊んだり、鶏から餌を守ったり、楽しい日々を送っていると思う。すっかりわたしになついていて、口笛を吹くと必ず走ってやってくる。そしておとなしく繋がれる。

あ、噛まれる

危ないな

あ、咥えた!

犬と仲がいい猫は、彼らが手加減していることを分かっているようだ。カプッと頭を咥えられたように見えたけれど、猫はなぜか喜んでその場を離れない。餌をやる人間の手に対してもそうだが、犬は噛むときにその力加減を調節できるのだろう。バグティなんか、餌を横取りする鶏を咥えてぶるぶると振り回してから、自由にしてやっている。鶏もそれを分かっているからか、何度咥えられてもまた戻ってくる(三歩歩いたあとに忘れている可能性もある)。


ジャポンは、首の回りの腫れが少しひいたようだ。しかし雌犬を追いかけていた期間のダメージはまだ回復できておらず、前足を引きづっている。
南庭では、ガラアーラが出産したという。ハリルは10匹などと言っていたが、行って数えてみないことには実際のところは不明である。

捨て猫

先日、夕方に庭の用事を終えて家に入ろうと思ったら、隣のこどもが呼んでいた。壁越しになにかと思ったら、猫をもらってくれという。「要らない」とか「もとに戻してきなさい」とか言って全力で断ったが、彼女も必死にわたしに猫を受け取ってもらおうとしていた。「うちのじゃないのか?」というので、一応袋の中を覗いたけれど、うちの猫ではなかった。力なくわたしを見つめる子猫のその目が、印象に残ってしまった。
その二日後、ハリルが「かわいそうに、その猫は死んでいた」と言いながら帰宅した。あのときから二日も経たずに死んでしまったようだ。
あらためてハリルがお隣さんに事情を聞いてみると、その子猫は庭に捨てられていたのだそうだ。彼らは飼えないので、たくさん猫を飼っているうちに渡そうと思ったのだろう。同じ理由で、アフーンの奥さんが黙ってうちに子猫を捨てたことがある(現場を陰から見てしまったのだ)。そのときは、奥さんにしばらく挨拶するのをやめたほど、わたしは腹を立てた。なぜなら、その子猫(のちのガラジャ)はアフーンの倉庫に寝ていたけれど、ときどき母猫が来てミルクをやっていたからだ。うちは犬や猫を多数飼っているけれど、したくてそうしているわけではない。餌を工面するのも毎日本当に大変だし、去勢手術ができないので増える一方だ。あげることはあっても、もらうことはこれ以上できないのだ。
そう言ってみても、やはりあの子猫を世話してやらなかったことを後悔しないわけにはいかない。


少し前に庭の猫たちに交じっていたガウシャンも、お隣さんが持ってきたんだろうか? あるいは、別の人がこっそり置いていったのかもしれない。そんな気がしてきた。
しかしガウシャンの生命力はものすごい。もとからうちにいる12匹の猫は、サーリジャ(大)を除いて家の中には入れてもらえないことになっている。それなのに、12匹を差し置いて、ガウシャンは家の中に入れてもらい、特別な餌をもらい、わたしのお腹で気が済むまでモミモミをして、わたしの胸の上で眠るのだ。欲しいものをすべて手に入れている。捨て猫だったのに!
ガウシャンはどうやってそれを実現しているかというと、とにかく必死に鳴いて、諦めないのだ。何十分でもドアの前で泣き続ける。よじ登る。そしていつもわたしが諦めるのだった。自らの力で命を掴んでいる猫だ。

最新記事

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

P R

Copyright ©  -- 砂漠人5 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]