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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   
カテゴリー「トルクメン・イラン」の記事一覧

自然の日

イランではお正月から二週間目にあたる日が「自然の日」という祝日で、外でピクニックなどをする習慣がある。ちょうど日本のお花見の頃だが、こちらの方が気候は暖かいと思う。あらためて新年とともに「春が来た!」という気分になる日だ。
自然の日は来週なのだが、なぜかうちは今日そのピクニックをすることにしたようで、ナーセルの家族と妹家族とナーセルのご近所さんたちが、旦那さん抜きで大集合した。

こどもたち。0歳から飴なめさせてるけど、元気みたいです

わたしもお茶の時間を見計らい、ケーキやビスケットを持って途中参加した。彼らはお昼を持ち寄って、南庭の家の中で食べたようだ。ハリルの妹からは、わたしが太っていないけど何を食べているのか、とか、おいしいケーキをどうやって作っているんだ、とかいろいろ聞かれた。若い奥さんたちは、お姑さんの悪口をたくさん言っていた。こどもたちは黙って聞いていたけれど、何を思っているんだろう? わたしもすべてを理解できなかったので黙っていたが、わりとおもしろかった。なにごともマジになってはいけないのだ。
夕方になり、ナーセルがやってきて自転車を直してくれた。わたしが探し歩いたペダルの一部は、なんとナーセルの家に落ちていたそうだ。そうじゃないかと思って一番先に見にいったのは彼の家だったのだが、そのときすでにナーセルの長男が見つけて別の場所に移していたのだった。聞けばよかったのに、わたしは彼の顔を見て微笑んだだけでその場を去っていたのだ(その後3時間の放浪)。そういうわけで、今日はいいニュースとともに修理も終わり、全体的に壊れそうになっていたペダルを救うことができた。
その後、みんながナーセルに海へ連れていってくれとせがみ、ダンプカーに乗って出かけてきた。



菜の花畑を超えて

麦畑がほとんど


車は5分ほどで停まった。潮が引いているので、海岸までは車で行けないのだ。しかも道はぬかるんでいるので、歩かずそこから海を眺めた。

うちの前から海につながる大きな水路。先がカスピ海

なにをするでもなく思い思いに楽しむ女性たち

ナーセルの長男の肩はかなり強そうだ。わたしよりずっと遠くへ石を飛ばす

帰りは羊の群れを間近に見ることができた。羊飼いたちが、海に近い砂漠で放牧している。



日が暮れて、町に戻る群れ


今年は豊作だといいね

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昨今のデモについて

日本でも、イラン国内に広がったデモのニュースが報道されているようだが、インターネットの利用に不都合が出てきたのでちょっと書いておこうと思う。イランではもともと言論の自由は法律で保障されていないし、検閲があってメディアも規制されている。それでもVPNを用いたアプリなどを使って、インターネットに自由に繋がる手立てまでは規制されていない。しかし今日は、デモの影響でそれも規制しているようなので、見られないサイトがたくさんある。日本のこのブログサービスはまだ規制されていないので、急いで記事をアップしようと思った次第だ。
いまの時点で読むことができた唯一のニュースサイト、朝日新聞デジタルのこの記事に書かれた内容には、呆れてしまった。
米国のヘイリー国連大使が「イランの独裁体制の歴史を考えると、今後さらにひどい虐待が行われる可能性が高い」と言ったのだそうだが、イランが歴史的に独裁体制を敷いてきたなどということは周知の事実ではないだろう。最高指導者という立場があるけれど、彼を独裁者と見なすイラン人および世界の学者がいたとすれば、常識的ではないだろう。
また、「ひどい虐待」とは一体何のことを言っているのか。長年に渡って経済制裁を解かない、欧米のその行為の方がよっぽど虐待だわ~ とわたしは思ってしまう。イランの核開発が云々という理由で経済制裁という圧力をかけている西側諸国の中心、アメリカ合衆国こそは、原子爆弾という核兵器を人間に対して実際に使った唯一の国だ。その国に核に関する倫理的な指南を受けることは、わたしだって遠慮したい。イラン国民は政府から「虐待」はされていないと思うし、食料自給率の高いイランには食べものも豊富にあるし(砂漠人ブログを読んでくれ)、イラン人は、西欧的な自由とは異なるかもしれないが、十分に自由に生きていると思う。ハリルが昨日確認したニュースによれば、アメリカの大統領が「イラン国民は飢えていて自由を求めている」というようなことを言ったというので。
イラン国民の多くは、物価を吊り上げたり給料や支払いを渋ったり税金を増やしたりしている政府に腹を立てているだろうけど、自由を求めて民主化しようとは思っていないと思う。「果たすべき役割」とかなんとか言ってイラン国内を混乱に陥れて、中東における自らの立場を強化したいだけなのだろう。まったくアメリカという国は、乱暴だと思う。
とはいえ、ペルシャ語も理解しない日本人移民の意見なので、以上はイラン国民の意見を代弁しているわけではありません。アメリカの大統領や国連大使の発言があまりにでたらめなので、砂漠でも一言書いておこうと思っただけであ~る。
昨日は小麦粉を買いに行った店で、おばさんが「鶏肉もまた値上げしたの!」と言い、店の人が「してないよ。奥さんが大きいのを選んだからだろう」などと平和なやりとりが聞こえていた。初日のデモのあと、政府が安い卵を売り出したそうで、運よくハリルもそれを買ってきた。それでケーキも焼けたというわけ。クミシュテペにおいては、今のところデモがどうのという物騒な動きはないようだ。

追記:
この記事を書いているあいだにインターネットの規制も解かれたようで、今はフェイスブックも見られるようになりました。

刺繍あれこれ

悪いニュースはなぜか連続してやってくるものだが、そういうときは一瞬「この世の終わり」というくらいに気分が落ち込んでしまう。しかしたとえ数分でもそんな気分では過ごすのはつらいので、なんとか精神的ダメージを緩和しようとあらゆる方法を考えて、落ち込みを回避しようとする。若いときは、落ち込んだ気分にはまったまま長い時間を無駄にしたこともたくさんあったと思うけれど、クミシュテペで鍛えられたおばちゃんは、今では比較的短い時間で気分を建て直すことができるようになった。三十年前にこれができていたら、人生変わっていたと思う。
よいニュースも連続してやってくる傾向はある。今回はめったいにない、そっちの方だった。いつだったか、わたしが一番気に入っている刺繍の刺し手が、公務員試験のために勉強する(つまり刺繍はしない)ということになって、彼女を応援したいと思うと同時に刺繍の件ではがっかりしていた。彼女ほどの職人はほかに知らないし、もう二人ほど腕が確かなのは分かっている人はいるものの、彼女たちは小さいこどもがいて刺せないし、一度刺してもらったときにちょっとしたトラブルがあったので、頼むのを躊躇していたところだった。
刺繍の刺し手は多くいるのだが、職人レベルとなると限られてくる。それから家が遠い人も、行き来するのが大変なので避けたいと思っている。トルクメンの刺繍を商品にして日本で売るという仕事は、採算の面では儲からないからやる意義がないだろう。でも彼女たちの文化を紹介するという意味では、自分がやるべきで、それ以前にやりたいことなので、商売ではなく趣味としてでもしばらくは続けたいと考えてきた。だからこそ、一番上手な人が刺したものを採用したいのに、彼女たちが無理だとなると、いったい何のためにやるのか? 続ける意義が揺らいでしまう。いっそのこと、自分が刺繍を覚えること一本に絞ろうか? と思い詰めたりもしていたところに、なんと、いいニュースは向こうからやってきた。
まずは、公務員試験の受験を終えた彼女が、刺繍を再開したいと言ってきた。わたしにとって、こんなうれしいことはない。そして彼女のために材料を準備しているあいだ、今度は心当たりのあったもう一人(二人のうちの一人)も、自ら刺したいと言ってきたのだった。いつかこちらから頼むしかないだろうと考えていたくらいなので、願ったり叶ったりだ。その二人に渡す布地を準備するのに忙しく、うれしい悲鳴をあげている。


これは鍵十字に似ているのだが、ヨムート族の刺繍の伝統的な模様のひとつ。先日、義母にできあがった商品などを見せていたら、急にやる気が出たのか、「刺してみる」というので急いでこの図案を描いて持って行った。ところが今日は、手に取ってすぐ「見えない」と言って、布を返してきた。先日のやる気はすっかり忘れてしまったようだ。認知症が始まったのか? と思ってしまったくらい、態度が豹変したので焦ったが、単純に「やはり見えない」ということなのだろう。そういうことなので、これは自分の練習用に使おうと思う。

配色のシミュレーション。なんか変なのは、単にわたしがパソコンのソフトを使いこなせないからです

クモの巾着袋

アンナックの次に練習した図案を仕上げた。4×5センチ四方に「クモ」の模様を刺して、それを巾着に仕上げた。麻の布を二枚重ねにしてあるので、ぷっくりしてかわいい感じに。



伝統的な「クモ」の模様

あいかわらず自分のスティッチは気に入らないし、右下の白いクモは刺し方もまちがえている。とはいえ、トルクメンじゃないのに他の三つと違う部分が見つけられた人は、すごいかもしれない。もし分かったら、ぜひコメントください。

トルクメン絨毯

ペルシャ絨毯は日本でも有名だけれど、トルクメンの絨毯も世界的にはよく知られている。その特徴は、鮮やかな赤い色と、緻密に織られた幾何学模様だろう。


この小さな絨毯は古いものだが状態がよく、家で使うために買った。クミシュテペにはいくつもの絨毯屋があって、その中でも一番の老舗、ハリルのいとこの店で手に入れた。店主はトルクメンサハラの町で開かれるあらゆる市場を回っているので、すてきなのがあったら買ってほしいと頼んでおいたのだ。

細長いこれも、古いトルクメンの絨毯


手前の二枚は、百年も前のものだと店主は言っていた。最近織られたものとは素材も違い、使われている糸の色数も多い。


今日手に入れた4枚を床のあちこちに敷いてみて、楽しんでいる。近所の家に行くと、まったく隙間がないように絨毯を敷き詰めている家がほとんどなので、うちもまだまだ隙間を埋められるだろう。絨毯を敷けば、その下のカーペットも汚れにくくなるので、もうカーペットの洗濯をしなくていいかも!


細長いのは、玄関前にはサイズが合っていないので、いずれ二階の廊下に敷くつもりだ。そういえば少し前に、二階のサロンに敷くための古いキリムも買っていたのだった。


かなり古いもので、表面は色がほとんど褪せていた。裏返ってみえる濃い色の面が、裏面だ。特徴的なトルクメンの色や模様は健在なので、敷くのを楽しみにしている。

犠牲祭2017

犠牲祭はつつがなく終わった。犠牲の羊を切り、肉を切り分けて冷凍し、お客さんをもてなし、肉を食べて盛り上がった。いや、実際うちは盛り上がっていないけれど、町ではそうだったはずだ。
初日の午後はナーセルが羊を連れてきて、首を切って皮を剥ぎ、部位ごとに切り落としてくれた。それを一日冷蔵庫に置いておき、翌日ハリルが細かく切り分けたものを、わたしが冷凍した。脂肪と内臓だけは傷むのが早いので、初日に処理をして冷凍しなければならない。



動物と遊ぶナーセルの息子。犠牲を切ってくれるのは、まだ十年以上先か

リッチになった冷凍庫

上の二段が今回の犠牲、雄の羊を収納したところ。脂肪も十分にあって、肉もたっぷり取れた。このほかに、鍋二つ分の肉とリブを煮ておいた。羊肉は調理に時間がかかるので、あらかじめ火を通しておいた肉も常備しておくと便利なのだ。
夜は義母の家に行き、肉をごちそうになった。羊肉と少量のたまねぎを水で煮込んで塩をしただけのものが、お皿に乗って出てきた。肉のうまみそのものを味わうことができる。茹でただけでも、脂身がたっぷりあって、それはとてもあまいのだ。
わたしはレモンジュースを絞ってかけて食べるのが好きだが、それは消化を助けるはたらきもある。ナーセルは、ゆっくりと時間をかけてお皿の肉を食べたあと、スプーンの上でレモンを絞って、ひょいっと口に運んでいた。ナーセルの食べ方にはいろいろと決まりがあって、それは必ずしも理に適っているとは思えないのだが、決まりを破らないところはさすがよいムスリムを自負しているだけあると思う。先日は暑い中、外で作業をしているとき、水をくれというので「冷えたメロンもあるよ!」と言ったら、「今はメロンを食す時間ではありません」と言っていた。わははは


さて、うちでは水も入れずに、肉だけを鍋に入れて弱火にかけて加熱済の肉を用意する。肉から脂と水分が十分に出るので、最後に塩をふるだけでよい。
このまま食べてもおいしいけれど、たまねぎやトマトと一緒に煮込むと、旨みがありすぎのおいしすぎの一品となる。これは口にしてみないことには、おいしさが分からないかもしれない。


来客用には紅茶のパウンドケーキいちじくマフィンを焼いた。例によってほとんど来客はなかったけれど、今年初めて分かったことは、小さなこどもたちには、お年玉のようにお祝いのお金を渡すべきだということ。こどもたちが来なくなったのは、毎年うちがお金をあげなかったからかも?

ところで犠牲となった雄の羊の頭は、今も庭に転がっている。頭を使って特別なスープを作ることができるのに、切ったあと地面に置きっぱなしで猫が触ったから、食べられない(ハラム)とナーセルが言ったのだ。ハリルが「水でさっと洗えばいいんじゃないか?」と言ったけれど、無視されていた。そんなわけで犬と猫にやったのだった。初日は毛も生えたまま、目もついていた。タロ子が抱えて齧っていたけれど、三日目にはつるつるの白いガイコツになっていた。すべてを突いたのは、鶏たちだ。

チュズムチ

高校を卒業する姪から、チュズムチの仕事をもらった。チュズムチとは、トルクメン刺繍のための図案を描く職人のことだ。月曜日に「水曜日までにアンナック用の模様を10本描いてほしい」と依頼があった。つまりは、二日のあいだに10本を描かなければならない。家事や鶏の世話の合間にできるだろうか? と思いつつも、これは自分のトレーニングになると思い、引き受けた。わたしの作図が上手だということで、相場よりも高い値段を姪が交渉してきてくれたのだが、それは自分の店の商品を作る際にわたしが支払う金額よりも低かった。


できました、10本。10種類の模様を描くつもりだったが、途中で断念して5種類の模様を2本ずつ描いた。描きながら、アンナックは誰が刺すのか、どこからこの仕事をもらってきたのかなど、姪に聞いてみた。これらは学校に持っていって、彼女と同じくデザインを習っている学生が刺すそうだ。これを持っていくと、姪のポイントがつく(?)というので、「ワタシが働く、アンタの査定が上がるアルネ!」などと恩着せがましく言ってみたのだが、彼女は「?」といった顔をしていた。それもそのはず、後でハリルに聞いたら、これらは彼女たちの試験に使われるそうだ。つまり、学生がそれぞれの色で刺繍を施して、それが採点されるということだった。わたしのトルクメン語が未熟なために、こういった会話の成り立たなさはよく起こる。

ざくろ

名称分からず

鳥の羽

ハート

名称分からず

ちなみに、試験を受ける学生がこの模様の描かれた布を買うそうだ。わたしの報酬は、彼女たちからもらうことになる。
描くだけならまだしも、この布を縫うのも仕事のうちに入っていて、その方がよっぽど時間がかかった。しかも、布代はわたし持ち! 余った布で作ったので、問題ないけれど。

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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