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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   
カテゴリー「住まい」の記事一覧

自宅

  ついに最後の日がきた。何年もかけてようやく過ごしやすくなってきた自宅とも、お別れだ。

玄関を入ったところのサロン

寝室

物置兼作業部屋

サロン

台所

台所

台所

 最後に、家禽小屋から見た自宅と庭。鶏が歩き、犬や猫が遊んでいて、たまにセロリなんかが生えてきた、おもしろい庭だった。アルボルズ山脈が見え、カスピ海が見える、クミシュテペの西の果て。




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ペンキ塗り

 帰国まであと一ヶ月。身の回り品の整理のほかに、しようと思っていることがひとつある。それは、二階の整備だ。二階に住んでいたときは、壁にセメントを塗ったままのひどい状態だったけれど、地上階に移った後に職人を入れて、壁を白くした。あとは木製のドアと鉄製の階段にペンキを塗り、床にカーペットを敷けば完成なのだが、そのまま何年も放ってあった。これをやり遂げてから行くつもりだ。

玄関から東側を望む。奥にキッチン

玄関から西側を望む。奥に寝室など四部屋ある

西側から見通したところ

 西側に向かい合った寝室が二部屋と、その隣に納戸が二部屋あり、その四枚のドアを白く塗るつもりだ。一枚はすでに完成して、取り付けもした。

寝室の中から廊下を望む。涼しいので今はここで寝ている

三階バルコニーへ続く階段。これは黒く塗るつもり

 カーテンレールも買ってあるので、それも取り付けておきたい。これだけの作業はやりがいはあるけれど、完成させたところで、もうここには住まないのだから、空しい気持ちが止むことはない。しかも任せていくナーセル家族は物事の管理が上手ではないので、想像しただけで泣けてくる。いや、管理をしてもらえるのはありがたいことだと思わなければならない。号泣。

庭の様子

 果樹の根元に置いた枯草が腐り、そこから虫が大発生したことは以前に書いた。どうやらその虫は、Harlequin cabbage bug のようだ。アメリカに住むボーダさんが教えてくれた。
 キャベツやブロッコリなどの葉物につく虫だそうだが、うちの庭にそれらは植わっていないし、果樹がダメージを受けた様子もないので放ってあり、そのため庭中に赤い点々(その虫)が散らばっている。オシロイバナにもついているのだが、葉がやられた様子もない。

追記:
 庭に大発生した虫は、Harlequin cabbage bug ではなくて、firebug だった。Harlequin bug もよく似ていたのだが、firebug を見ると、そのものだ。Firebug は、mallows の種を食べると書いてあるが、この植物は春にうちの庭に群生していた。自然はよくできているなあと思った。mizukiさん、ありがとうございます。
 検索しているついでに、見つけたものがある。冬に咲いていた野草で、好きな花があったのだが、これは wild watermelon のようだ。うちの庭に果実は見当たらなかったけれど、花や葉はまったく同じだ。その写真は、ここで見つけた。

真上から見たところ。虫はいるけど葉はきれい

溜めた枯草をくぐり抜けて生えたオシロイバナ

 夏のあいだ、果樹には毎日水をやったので、一つも枯れずに秋を迎えることができた。このあとどうなるかは、ナーセル一家にかかっている。

りんご、柑橘類、オリーブなど


 ネクタリンの木は、いつのまにかわたしの身長ほどに伸びたのもある。花が咲くようになったら、トイレまでの道がすてきになるだろう。


 強風で折れた桑の枝は、小さく切って水に挿しておいたら、ほぼすべてが芽を出した。これを土に植えたらいいんだろうけれど、このままナーセルの家に持っていくつもり。

キティの子猫たち。固形の餌をやり始めた


 タロ子の子犬は「タロー」と命名したのだが、先日ガチガチが死んで、その名をつけようとハリルが言った。ガチガチに似ている模様だし、そうすることにした。しかし「ガチガチ」は、トルクメン語で「シッ! シッ!(そこをどけ)」の意味なんだよな。

基本的にうちの庭は鶏園です

 果樹の手入れについて、コメントでいくつかアドバイスをいただいたので、やってみることにした。樹木の根元に、刈り取った草などを置いておき、しばらくして土をかけておくと、栄養にもなって木が元気になるとのことだった。余分な土がないことがうちの庭の大きな問題なのだが、とりあえず草はたくさん生えているので刈ったり抜いたりして根元に積んでいる。そしてその上に、トゲのある植物を被せて、動物たちが近寄れないようにした。

根元に注目

 トゲのある植物は、クミシュテペのどこにでも生えている薬草で、ラクダが好んで食べている。果樹の根元は水をやって湿っているので鶏たちが掘り返すし、猫は登って木を引っ掻くので、こうしておけば果樹が日常的に受けていたストレスを軽減できるだろう。気のせいか、なんだか少し元気になってきたような気がする。しかし植物は成長がゆっくりなので、何週間か待ってみないと成果は分からないだろう。

柑橘類


りんご

桑の木とクルミ(後ろ)

梨(隣の家はジャングルのようで、果実が何百と実っている!)


 梨がきれいに色づいてきた。庭の中央に一つだけなっているので、わたしは密かに「庭の太陽」と崇めている。

イチジク(猫より小さい)

モモ

 あとは、「枯れない程度に」水をやり続けて秋を待つといったところだろうか。園芸に興味がないと言いながら、朝晩庭に出て手入れをしている。
 去年、庭に1~2本だけ生えていたタラゴンは、今年は15本くらい出ていた。花が咲いたあとそのままにしておいたので、うまいこと種が飛んだようだ。タラゴンはクミシュテペのいたるところに群生しているので、抜かないようにすればうちの庭にも茂るだろう。水をやらなくても十分育つので強いかと思ったけれど、一度引き抜いてしまうとすぐに戻しても必ず枯れてしまう、繊細なハーブだった。

きみどり色に見えるのがタラゴン。見えませんね(笑)

カボチャは失敗。花が咲かないので、つるボケしているようだ

 日本に行く前は、庭に雑草が茂って青々としていたと思っていたのだが、戻ってきたら地面がすっかり砂漠化していた。


 オリーブやその他の果樹がかろうじて育っているけれど、全体的に地肌が見えてきている。庭はこれでも、枯草とその根っこを抜いて、きれいにした後なのだ。

枯草を貯めている場所


 桃らしき6本の果樹も枯れずにいるものの、いまいち勢いがなく、今年は果実がなかった。しかし洋ナシは一つ、落ちずにがんばっている。


今日の夕焼けは、雲がダイナミックな模様を作っていた

カボチャ畑の方針を決めた。大がかりな作業が必要となる柵はやめて、普通に地植えする。あるだけの種を植えて苗が育ったら、最初のうちはカゴで保護し、蔓が伸びてきたら放置する。鶏が食べたらそれまでだ!


そういうことで、畑になる予定の場所を耕した。この細長い敷地の中央に苗を植えて、奥と手前の二方向に蔓を伸ばしたいと思っている。
牛小屋の前なので、牛を飼っているときはここから餌をやっていた。わたしたちが牛の世話をしたのは三年くらいだが、その前にユスフや住み込みの夫婦が小屋を使っていた。地面にはたくさんのゴミが落ちていて、わたしは三年のあいだにずいぶん拾ったものだ。表面はもちろんのこと、地面から飛び出している紐や袋を引っ張って、見えるところはきれいにしてきた。しかし掘り返してみると、ゴミはまたザックザック出てきた。ゴミだけなく、石やセメントの塊もたくさんあって、シャベルを入れるたびにガツンとくる。

戦利品?

果物ナイフが3本とスプーン1本も出てきた。果物ナイフはこちらでは作業用ナイフなので、紐などを切るために使って落とし、埋まったのだろう。新しい場所を片づけるたびに、過去十数年の歴史が手に取るように見えてきて、そのたびに憂鬱になる。この場所からこういったゴミを撤去したのは、もう三度目だ。なぜこんなところに、こんな人たちに大きな投資をしてしまったのか…。

これだけの瓦礫と袋いっぱいのゴミが地中に捨てられていた

しかし過ぎたことは仕方がない。これからどうするのか、ここからの判断が大切なのだ。

プラム?

クルミ

りんご

希望はある。植物の成長を見ていると、この世は本当に希望に満ちていると感じる。わたしたちの未来を救うのは、植物という自然なんじゃないだろうか。

トイレから自宅への歩道

自宅前

草もだいぶ刈り取り、次に伸びてくるのを待っているところだ。わたしが庭の手入れをすると、すっきりしすぎてしまう。去年、一ヶ月不在にしていたときの庭は、もっとワイルドだった。部屋の整とんをしても、「引越し前夜」みたいになってしまうし、料理の盛りつけも淡泊にまとまり過ぎる。そういえば美大予備校でデッサンをしていたときも、何を描いてもわたしのデッサンは痩せた感じの絵になっていたように見えた。それはまったく魅力的ではないのだが、人物の内面が現われてしまうのだろうか。やだな。

庭仕事

今日は一日中、庭の仕事をしていた。牛用に草を刈ることは日課だが、歩道を整えてみたり、石やゴミを拾ったり、畑の準備をしたり、やることは無限に出てくる。しかしハーブを植えた畑は、早くも諦めた。鶏が芽をきれいに摘んでしまうので、もう水やりもやめたし、そこに無花果の小さな木も植えてしまった。
DIYも庭仕事もそうだが、最近はっきりと気がついたことがある。どんな家事でも遂行するためには実行力はもちろんのこと、判断力がとても大きな要因だということだ。これまで庭がどうにもならなかったのは、わたし自身がどうしていいか分かっていなかったからだろう。「庭をどうするのか」ということに対する意識が、ぼんやりとしていたのだ。去年までは、ただ体を動かすためにあれこれやろうとしていたけれど、今年は果樹を計画的に配置して、歩道を意識して配置して… とやっていたら、草木の要・不要も判断できるようになり、作業も簡単になってきた。これまでは、自然に生えてきたものはすべて、どうにかして育てようとしていただけだったのだ。


自然に生えてきたセロリは、1メートルを優に超える高さになった。花がたくさん咲きそうなので、その周りを耕しておいた。その作業の最中、セロリから数十センチしか離れていないところに、別の小さなセロリの株が出ていることに気がついた。上の方は草と一緒に刈ってしまっていたけれど、根元からそっと掘り出して、植え替えておいた。どこかからこぼれた種は、ひとつじゃなかったのだ。見つけたときは思わず「あっ!」と声が出た。

セロリの花

畑は、日本のカボチャの種が手元にあるので、それを蒔くだけにしようと思っている。鶏から守るために、なんとか囲いができないか考えているのだが、「鶏はカボチャの葉のように表面がざらざらしたものは好まない」と書かれた記事を見つけた。わたしの判断力は、その一行に頼るのはまちがっている、と言っているのだが、うまい囲いができそうにないので、それに賭けそうになっている。

チーちゃん

毎年、家の中で出産して子育てをしていたチーちゃんは、ガウシャンに追い出され、どこか別の場所で出産した。タイちゃんも然り。だから今年は子猫が二匹だけだ。チーちゃんタイちゃんが何匹産んだのか、どんな色のを産んだのか、知ることができないけれど、猫が分散されたことはよかったと思っている。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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