忍者ブログ

砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

牛の仕事

イランに来て以来、もう3年ちょっとのあいだ、ずっと牛の乳を搾ってきた。わたしが一人で、手で搾っていたのだ。最初は、当時牛の世話をしていたユスフに教わって、毎日夕方に1頭だけを搾った。その数ヶ月後、牛の世話をハリルとわたしが全面的に引き継ぐようになってから、2頭、3頭と絞るようになった。季節によって搾乳量が変わったり、出産の関係で搾る頭数が減ったりと変化はあったものの、たいてい一日2回、朝晩に搾乳をした。そのあいだ、ハリルは牛に餌をやっている(じつは餌やりはけっこう大変なのだ)。搾らなかったのは、風邪をひいて寝込んだ数日とテヘランに出かけた数日、日本への二度の帰国時の3か月くらいだと思う。そして最近は、これまでで一番頭数の多い4頭を搾っていた。
昨日ついに、この仕事がわたしの手から離れていった。南庭に搾乳機を設置して、ナーセルを手伝っているスタッフが牛の世話もすることになったのだ。最初のうちは搾乳機が動かず手で搾ったり、乳牛が脱走してうちに戻ってきてしまったりバタバタしたものの、今日からうちの庭にいるのは子牛2頭だけになった。
二年くらい前からだろうか、飼料の急な値上がりとともに、クミシュテペでは家畜を手放す人が続出している。うちも砂漠生活のシンボルだった、羊の群れを手放さざるを得なかった。赤字になるので牛も手放そうと長いこと話していたのだが、牛の世話にはお金には変えられないメリットがあったことも確かなのだ。
乳牛は、言うまでもなく毎日ミルクを出してくれる。これがなかったら、食卓の魅力は半減するだろうというくらい、うちにとっては大事なものだ。ヨーグルト、チーズも自家製はできなくなる。町で地元の牛乳やヨーグルトを買うことはできるけれど、水増しされていることが多く、とても安心して飲むことはできない代物だ。また全国的に工業生産されたものは、原料は外国の粉ミルクが使われていて、自分で搾るものとは比べものにならない。
それから毎日の搾乳や放牧は、世話をするわたしたちに適度な肉体労働を与えてくれる。牛がいなければ朝早く起きることもないし、昼や夕方に外に出て、新鮮な空気を吸うことも忘れがちになるだろう。夫婦が同じ時間に同じ場所でできる、共同作業もなくなってしまう。
また家畜とはいえ、一度飼ったら手放すまでの期間が長いのが乳牛だ。子牛が時間をかけて大きくなって、出産する場面まで立ち会うこともある。牛もこちらの存在を分かっているし、こちらも彼女たちに絆を感じるようになる。彼女たちがいなくなった今、牛小屋はガランとして、やはり寂しいことこの上ない。
でも、乳牛を売りに出してしまったのではなく、南庭に移して飼い続けるので、これが一番いい解決方法だったように思う。牛の世話がわたしたちにとって重荷になっていたのも確かだからだ。ハリルは牛以外にも仕事があり、犬猫の餌の調達や、家の資材調達などやるべき雑用も毎日山のようにある。収入にもならない牛の仕事に多くの時間を割いて労力を奪われる状態は、いい加減に変えなければならないと考えていたところだ。わたしも、放牧が始まって夜遅い時間の搾乳と、翌朝早くの搾乳のあいだに睡眠が思うように取れず、朝起きるのが苦痛になっていた。イランに来てこの家に移って以来、まるで運動部の合宿のような日々が続くことがしばしばあった。希望のあるときは充実感を得られるけれど、スタッフの泥棒や薬物中毒が発覚したりしたときは、心も体もどっと疲れて立て直すのが大変だった。もっとも、搾乳の仕事がなくなったら、そういうことに対処するためのベースのようなものが崩れてしまうという心配もあるのだが。毎日決まった時間に決まった務めをこなし、牛や自分たちの生命が持続しているのを感じることは、生きていく上でとても大きな力になる。
それでも、日課が大きく変わって自由な時間が増えることになるので、この変化を前向きにとらえて今後を過ごしたいと思っている。今のところ、牛がいないのに5時15分には目が覚めてしまい、犬、猫、子牛の様子を見るために外に出ている。そういえば、これももう捨てていいだろう。作業用の靴が一足しかなかったので躊躇していたのだが、これからはサンダル履きでもなんとかなるだろう。


靴の内側の生地が外に出ちゃいました

PR

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL(非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS(コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます

No Title

  • by ボーダ
  • URL
  • 2015/06/20(Sat)09:32
  • Edit
ほんとにくたびれた靴ですねー スウェーデンのときからずっと読まさせてもらっているので、このkumikoさんの靴は感慨深いですよ。生活状況は時によって変わっていき、私もまったくそうなんですが、根本的なところの気持ちを保って行きたいものです。kumikoさんは3年間牛の乳を搾り、靴がこんなふうになった。もしもこれから生活形態がどんなふうに変わっても、これはとても貴重な経験です。私もできればもう少し長く牛の世話をしたかったですーー

ボーダさん

  • by 砂漠人
  • 2015/06/20 20:56
この靴の感慨深さを分かってくださるとは、さすがボーダさんですね。
そうなんですよ~! わたしにとっては貴重な数年間でした。
40歳から、自分が変わるほどの経験ができるとは思っていませんでした。
この先、異文化にもっと入りこんでいくとまた違う自分ができるのかも
しれませんね。今は入口で立ち止まって、引き返そうとしていますけど(笑)。

最新記事

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

P R

Copyright ©  -- 砂漠人5 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]