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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

搾乳の仕事

忘れないうちに、搾乳の仕事についても書き留めておこうと思う。
搾乳の仕事で大変なのは、牛が後ろ足で蹴ることを想定して、絞りながらも気を張っていなければならないことだ。おとなしい牛とそうでないのがいるが、おとなしい牛も餌が来たりすると急に動いてバケツを蹴ったりする。バケツがひっくり返ると絞った牛乳がパーになるし、自分が蹴られると相当痛いのでこれは避けなければならない。牛は、気に入らないことがあると足で蹴ったりしっぽで叩いたりするのだが、そのコントロールはかなり正確だ。しっぽなんか、わたしの頬を横から叩いたり後頭部を叩いたり、よくもまあというほど命中させてくる。鞭と同じ原理なので、これがとても痛くて不愉快だ。
ほかには風というストレスがある。風が吹いている日は粉状の飼料が自分の目やバケツに入ってしまい、非常にやりにくい。また夏には蚊という敵もいる。半袖で作業していると、ちょうど肘の裏あたりをうろうろして、うっかりすると血を吸われてしまう。絞っているあいだは腕を振り動かすことができないので、無抵抗のまま吸われて気分のいいものじゃない。
搾乳をするときは、牛の乳房が目の前にくるよう、後ろ足の手前くらいに腰を下ろす。自分の体を常に牛に平行に置くようにする。イスを使う人もいるが、わたしは自分の足でしゃがんで絞っている。最初はイスに座って作業していたが、途中からそうやって訓練したのだった。その位置に座ってみるとよく分かるのだが、乳を搾っているあいだは、周りの音がよく聞こえない。牛が壁のようになって自分の前に立ちはだかっているし、絞るたびに「ジャーッ、ジャーッ」とバケツを叩く乳の大きな音がするので、話しかけられても大抵は聞きとれない。
子猫がいる時期は、それも要注意だ。牛の乳房が揺れるのがおもしろいのか、チョロチョロと近づいてくるのだが、牛はそれを警戒して蹴ったりするし、下手をすると子猫が踏みつぶされてしまう。実際、おっちょこちょいのバートルという子猫が、牛に踏まれて足の皮を剥がしたことがある。また子猫はひらひらと動く牛のしっぽが大好きなので、それに掴みかかったりぶら下がったりするのだ。危なくて仕方がないので、子猫が近づくとわたしは乳首から直接、水鉄砲のようにミルクをかけることにしている。するとたいてい、驚いて逃げていく。わたしもミルクを子猫の顔に命中させることができるほど、コントロールがよくなっている。
搾乳作業で楽しいことのひとつは、猫たちが搾りたてのミルクを待っていることだ。時間になると牛小屋に来て、壁の上や地面など思い思いの場所で座って待っている。すべての牛を搾り終えるのに数十分かかるので、終わる頃にはたいていみな眠りこけている。そんな姿を見ることでしあわせな気持ちになり、仕事の達成感も得られる。もちろん、その後に猫だけでなく、自分も牛乳を飲めることがなによりもうれしいのだが。
乳を搾ることは単純作業なので、そのあいだ、遠くに住む人のことや遠い昔のことを思い起こすことが多い。あのときあの人がこう言っていたとか、あの人はどうしているだろうか、とか。その内容は、偶然にふっと浮かんでくることが多いように思う。後でなにを想っていたのかは、覚えていないことが多いからだ。
作業中、手はひたすらミルクを搾っているけれど、乳房から強引に引き出そうとしてはいけない。乳房に溜まっている乳を、自分の手でバケツの中に落としてやる… というようなつもりで自然に搾るのが理想だ。急いで焦っているときは、そのことをすっかり忘れてしまい、一度でなるべくたくさんのミルクを絞り出そうとしてしまうのだが。両手で交互に絞ったり、片手20回ずつ絞ったりする。乳首は四つあって、一つずつ順番に絞ることもあれば、二つを同時に掴んで絞ることもある。搾り手によってやり方が違うのだと思うが、振り返ってみれば、わたしは特にパターンがなかったように思う。
最後に、搾乳の仕事で得られたわたしにとって大きなものに、腕の筋肉がある。ウェイトトレーニングをしてもまったくついたことのなかった腕のふたこぶラクダが、このあとどのくらいで元に戻ってしまうのか、それを思うと残念で仕方がない。牛を毎日絞るだけで自然とついたものなので、ほかの方法で保てるものでもないだろう。毎日の懸垂など、続くわけがないし。握力もそうだ。測ったことはないけれど、相当高いレベルに達しているような気がする。残念だ。


出産したばかりの牛No.5。今は子牛も大きくなり、逃げたら捕まえるのが大変!

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  • by ボーダ
  • URL
  • 2015/06/20(Sat)08:01
  • Edit
搾乳の仕事、懐かしいです。あれは独特の楽しさがある作業ですねー 単純作業とはいえ、相手は牛ですからねー 単なる単純ではないです。そちらでもついに搾乳の機械を入れるのですか? 手で絞るところなんて、今時世界中でもあまりないんですねー あんなに貴重な経験をさせていただいて、心からありがたく思っています。久美子さんは大変だったでしょうが、数年間もあのような仕事ができてラッキーだったと思いますよー 一生の宝になるはずです。しかも、子猫にミルクを発射するほどのテクニックまで身につけてーー(笑) すばらしです。
腕の筋肉ですが、1度ついたのだから、あとは適当にウェイトトレーニングでもしてれば(または時々重い物を持ったりすれば)保てるのではないでしょうか。なくならないように努力してください〜

ボーダさん

  • by 砂漠人
  • 2015/06/20 20:55
搾乳機は十年以上、一度も使わずに放ってあったようなんですが、
修理をしてなんとか動いたようです。
そう、手搾りはいまや観光客用の方法になったんですね(笑)。
わたしもこの仕事をしたことは人生の中でかなり上位にくる
ラッキーなことだと思っています。
次にボーダさんがいらしたときに牛がまだいたら、一緒に手で搾りましょう!
きんにくは、ここで水汲み生活を続けている限りは
ひょっとしたら保たれるかもしれません。
トレーニングとなると、続かないんですよ~。つまらないから。
そしてわたしは筋肉の質が悪いのか、なかなかつかない上にすぐ落ちます。

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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