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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

犠牲祭2017

犠牲祭はつつがなく終わった。犠牲の羊を切り、肉を切り分けて冷凍し、お客さんをもてなし、肉を食べて盛り上がった。いや、実際うちは盛り上がっていないけれど、町ではそうだったはずだ。
初日の午後はナーセルが羊を連れてきて、首を切って皮を剥ぎ、部位ごとに切り落としてくれた。それを一日冷蔵庫に置いておき、翌日ハリルが細かく切り分けたものを、わたしが冷凍した。脂肪と内臓だけは傷むのが早いので、初日に処理をして冷凍しなければならない。



動物と遊ぶナーセルの息子。犠牲を切ってくれるのは、まだ十年以上先か

リッチになった冷凍庫

上の二段が今回の犠牲、雄の羊を収納したところ。脂肪も十分にあって、肉もたっぷり取れた。このほかに、鍋二つ分の肉とリブを煮ておいた。羊肉は調理に時間がかかるので、あらかじめ火を通しておいた肉も常備しておくと便利なのだ。
夜は義母の家に行き、肉をごちそうになった。羊肉と少量のたまねぎを水で煮込んで塩をしただけのものが、お皿に乗って出てきた。肉のうまみそのものを味わうことができる。茹でただけでも、脂身がたっぷりあって、それはとてもあまいのだ。
わたしはレモンジュースを絞ってかけて食べるのが好きだが、それは消化を助けるはたらきもある。ナーセルは、ゆっくりと時間をかけてお皿の肉を食べたあと、スプーンの上でレモンを絞って、ひょいっと口に運んでいた。ナーセルの食べ方にはいろいろと決まりがあって、それは必ずしも理に適っているとは思えないのだが、決まりを破らないところはさすがよいムスリムを自負しているだけあると思う。先日は暑い中、外で作業をしているとき、水をくれというので「冷えたメロンもあるよ!」と言ったら、「今はメロンを食す時間ではありません」と言っていた。わははは


さて、うちでは水も入れずに、肉だけを鍋に入れて弱火にかけて加熱済の肉を用意する。肉から脂と水分が十分に出るので、最後に塩をふるだけでよい。
このまま食べてもおいしいけれど、たまねぎやトマトと一緒に煮込むと、旨みがありすぎのおいしすぎの一品となる。これは口にしてみないことには、おいしさが分からないかもしれない。


来客用には紅茶のパウンドケーキいちじくマフィンを焼いた。例によってほとんど来客はなかったけれど、今年初めて分かったことは、小さなこどもたちには、お年玉のようにお祝いのお金を渡すべきだということ。こどもたちが来なくなったのは、毎年うちがお金をあげなかったからかも?

ところで犠牲となった雄の羊の頭は、今も庭に転がっている。頭を使って特別なスープを作ることができるのに、切ったあと地面に置きっぱなしで猫が触ったから、食べられない(ハラム)とナーセルが言ったのだ。ハリルが「水でさっと洗えばいいんじゃないか?」と言ったけれど、無視されていた。そんなわけで犬と猫にやったのだった。初日は毛も生えたまま、目もついていた。タロ子が抱えて齧っていたけれど、三日目にはつるつるの白いガイコツになっていた。すべてを突いたのは、鶏たちだ。

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No Title

  • by May
  • URL
  • 2017/09/06(Wed)07:09
  • Edit
切りたての肉など一度も食べたことがないので想像つきませんが、美味しいのでしょうね。
日本にいる時、羊の肉は臭いものだと思っていたので手を付けませんでしたが、NZに来て、新鮮だとそれは臭くないものだと知りました。(それでもスーパーで売ってるやつだけど)

羊の頭が転がってるなんて、動物たちにはラッキーでしたね。毛も食べちゃう?んだ?

四角い入れ物に入っているような骨付きラムは、こちらでも超超高いです。

で、来年からは子供たちにお金をあげるのですか?

Mayさん

  • by 砂漠人
  • 2017/09/08 01:24
ハリルが育てた羊なので、それはそれはおいしいです(笑)。NZでも羊が一番高価ですよね。放牧して草しか食べない動物なので、羊や牛は豚とは肉の質が違うのが分かります。
毛はどこに行っちゃったんでしょうね。たぶん、犬の胃の中で、あとで出てくるでしょう。
今年は偶然、小さなプレゼントを用意してあったので、お金をあげなくてもそれを渡した子もいました。お年玉はとても少額なので、次回からはあげようと思います。

大切なこと

  • by まつざわ
  • 2017/09/07(Thu)02:09
  • Edit
生きること、死ぬこと、が同じ意味でどれだけ大切な事かをくみちゃんブログで教えてもらっています。有難うございます!!

まつざわくん

  • by 砂漠人
  • 2017/09/08 01:25
こちらこそ、読んでいただいてありがたいです!
死ぬことなんだけど、これはほんとに生まれることと同じだと、ここで暮らしてから思うようになりました。あと、生きている限り、いつ死んでも不思議はないこと、これを強く思います。

No Title

  • by May
  • URL
  • 2017/09/08(Fri)18:16
  • Edit
「生きている限りいつ死んでも不思議はない」砂漠にいるとそう思うのですね。
生死を目にしない都会の暮らしではそんなこと思いもしませんでしたが、60回ってからは体調が悪くなると、もしかして重大な病気でこのまま・・”え?そんなはずじゃ・・”なんて事も起こるかも、と思うことがあります。
今までならそんな事はすぐに忘れて、5年先10年先の予定など考えていたのですが。
病院になんて行かないで、知らぬが仏で天寿を全うしたいのと、治せるものなら治してくださいと医学に頼りたいのと半々です。(すみません私事で)

Mayさん

  • by 砂漠人
  • 2017/09/12 14:56
人間や動物の数が多いと、それだけ生まれたり死んだりが頻繁になりますから、そういうものだと思うようになるのかもしれません。死は老いた人のためだけのものではないと、いつも思いますよ。いずれにしても生きるしかない、生きていれば死ぬ。と当たり前のことを何度も反芻しちゃいます。毎日できる限り、人生を味わうしかないですね。苦しいというのも味わいの一つだと思いますが、病気になったときにそう思えるかどうか(笑)

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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