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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

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「みんなで一つ」の社会(後編)

 午後になると、今度は女性の実のお父さんと思われる男性が来た。彼はもとから微笑んでいるような表情を持った顔で、すでに嬉しそうに見えたが、赤ちゃんを抱いたらより一層、表情が崩れた。あんなに年を重ねた男性が、少ししぼんできたそのからだ全体でしあわせを体現していた。彼は赤ちゃんを手に持ったらよく見て、その額にキスをした。そして赤ちゃんをなかなか手放さなかった。本当に愛しく思ったのだろう。しかししばらくして、警備員に追い出されてしまったようだ。それも当然で、わたしのベッドにはすでに二人のおばちゃんのお尻が乗っているほど、そこは混雑してきていた。
 そんな光景を見たりして、二日間でぼんやりと感じたことは、彼らは「みんなで一つ」なんだなということだ。あれは「彼女の」お産ではなくて、一族全体にとってのお産だったことは確かだと思う。ナーセルの家でも、誰かが病気になると家族全員が病人食のような食事を共有したりしているし、平均的なトルクメンの家族においては「個人」がほぼ注目されていない。しかしなにか出来事があると、それはみんなにとっても出来事となる。何をするにしても「わたしは」どうする、と個人が決断をする必要がなさそうなのだ。
 日本も少し前まではそうだったのかもしれない。けれど、わたしが生まれ育った時代や自分の生い立ちをふり返ると、比較的「わたしは」どう生きたいのかを自分で決めなければならない状況だった。「個」を重んじる西欧型の考え方なのだろう。入院中にオルハン・パムクの『わたしの名は赤』を読んでいたので、その内容とリンクして、東と西の違いについて考えさせられた。小説には、16世紀のイスタンブールの絵師たちが、絵画の伝統的な様式と西欧の新しい様式とのあいだで悩んでいる様子が描かれている。それまで絵師たちは、自分の個性を絵の中に現わしたり、こっそりと署名をしたりすることは良しとされていなかった。また絵をリアリスティックに描くことも、イスラム世界においては、それがやがて偶像崇拝につながるとして禁止されていた。しかしヴェネツィア貴族の肖像画のように、絵の中の人物がたった一人の「その人」を描いていると特定できるほど生き生きと描かれた絵への憧れも抑えきれない。そんな絵師たちの葛藤が伝わってきた。
 トルクメンの中にも、「自分の思うとおり人生を生きたい」と願う若者や大人はきっと数多くいるのだろうが、「みんなで一つ」のこの社会においてはそれを実行したら孤独になるだろうし、このように育った人たちにとってそれは耐え難い人生になってしまうはずだ。ハリルはそれを実践したと思うけれど、彼がそういう意味で孤独になってしまったことは確かだろう。あまりに大きな遠征をしたために、自分が生まれ育った社会とのあいだに、もはや飛び越えることのできない大きな溝ができてしまった。
 同時に、もちろんこの社会と一つになれないわたし自身の状況とその将来に対する不安も、一層強くなった。住む家と食べるものさえあれば、それでも生きていくことはできるけれど、そういった生活基盤が揺らいできているイランのこの経済状況は、深刻だとも言える(しまいにはまたここにたどり着いてしまった!)。
 
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  • by May
  • 2018/08/23(Thu)07:26
  • Edit
今「匠のビフォーアフター」にハマっていて毎日Youtubeで見てるんですけどね、田舎では「本日◯田◯子さんのお宅で引越しがあります。お手すきの方はよろしくお願いします」みたいな事が町内のマイクで放送され、25人のもの人が続々と集まってきて、都会者の私はびっくりです。
愛読しているブログでも田舎住まいの方の生活はいちいち驚かされるものがあります。
海外の田舎に住む日本人の中でも「みんなで一つ」の社会にすっかり溶け込んでいる人もいますよね。
kumikoさんも何だかよく分からない壁を取り払ったらみんなと一つになれるんじゃないかと思ったり、自分自身が壁を取り払いたくない方だから大いに分かる気がしたり。
私は”集まる”ことが好きじゃないから=孤独になってしまうのは仕方がないことだと思っています。
悪いことに?孤独でもあんまり困らないんですよね・・
kumikoさんとハリルにはクミシュテペの皆と違い選択肢があるから、そう悲観しなくてもいいんじゃないでしょうか。
思い描く理想の暮らしに少しずつ近づいて行けば・・

Mayさん

  • by 砂漠人
  • 2018/08/27 23:58
引越の手伝いで25人も集まるなんて、すごいですね。それはいいことのように感じます。
理想の生活? そんなものは来世までお預けでしょうかね(笑)。

無題

  • by 大福
  • 2018/09/08(Sat)22:51
  • Edit
「あまりに大きな遠征をしたために、自分が生まれ育った社会とのあいだに、もはや飛び越えることのできない大きな溝ができてしまった。」
そこが悩ましいところですよね。じゃあもう一度やり直せたら、旅立たなかったかと言えば、答えはノーでしょうね。
でも戻ってきた。けれどもその溝を埋められないのであれば、そこである必要はもうないわけで。
先だっての入院の件のときに、mobileな暮らしの方がお二人には合うのではないかと思いました。少なくとも年下で女性である砂漠人さんの老後のことを想像すると、そこにそのまま永住するのはどうなんだろう?と。けど赤の他人の余計なお世話でしかないだろうと思い、何も書きませんでした 笑。て、いま書いちゃいましたけどね。ははは。
旦那さんが外国に長く出張に行くなら、砂漠人さんは日本で暮らしててもいいわけですよね?
話変わりますが、日本で酪農がもうからない原因を打破する企業が現れたんですよ。国内のミルクの新たな買い手です。
その気になれば、おふたりにはまだまだ新たな生活拠点の可能性があると思います。お二人が、そのおふたりだからです。って、伝わってますでしょうか???笑

大福さん

  • by 砂漠人
  • 2018/09/09 01:41
わははは! アドバイスありがとうございます。
その企業とはズバリ、何ですか? ぜひ詳しく教えてください。
新たな生活拠点はいくつかあると思いますが、問題は、まだここに住んでいたいのに、経済的にそれが成り立たないことです。この二人も老いてきていますから(特にあちら)、いろいろなことをやり直すのが億劫ですしね。
まあ、なるようになるのでしょう。このところ、諦めがついてきました。また行く末についても書いていきたいと思います。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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