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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

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ホルジュンの直し

 ハリルがバイクに掛けているホルジュンを直した。前に直したのは一年前だったが、今回は五ヵ所が大きくほつれている。直せない(直したくない)と断ったのだが、ハリルの頭には新しいものを買うという選択肢はないようなので、結局わたしが折れた。

縫いにくいし、暑いし、猫が邪魔するし、まったくやる気がしない作業だ

キルティングした布を五ヵ所に縫いつけて、布に空いた大きなほつれを直した

長すぎるので、座席部分を折りたたんで縫う

脇を袋状に縫う(猫ら、もうやめてーーー)

新顔の子猫まで来た

できました(五日もかかって)

 「もうこれが最後の直しだから。次回はお母さんのところに直行してね」と言って、ハリルに渡した。

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 鶏の飼育はどうなっているかというと、わたしが日本に行っていた三週間に、産卵のピークが来ていたようだ。行く直前に卵を温め始めた雌鶏(クルチクメ)が三羽いたのだが、それらはみんな雛を孵して、雛だけが家禽小屋の二階でまとめて育てられていた。その他にも二羽のクルチクメが次々と雛を孵したので、その度に雛を二階へ運んだ。
 雛は、孵ってから二日くらいは何も食べなくても生きていられるようだ。成長の進んだ雛の集団に入れる場合、初日に放り込んでしまうとうまく歩けずに潰されてしまったりするので、二日目に十分に歩けるようになってから雌鶏から離すようにした。雛は全部で25羽くらいになった。
 雄鶏の数が多すぎるので、以前から売るか食べるかしようと言っていたのに、これもわたしが戻るまで放ってあった。最近になって、三回に分けて五羽を殺したから、残る雄鶏は六羽。雌鶏が二十羽くらいいるはずだから、最終的には雄鶏は3~4羽だけにしたい。最後まで残すのは、雛のときから特別に思っていたこの雄鶏にするつもり。


 たぶん、これがあの彼だと思うのだが、雛のときと変わって真っ赤な(茶色の)鶏になった。羽に艶があって、美しい雄鶏だ。そっくりなのがもう一羽いて、それとまちがえて殺してしまわないように気をつけなければ。

雌鶏は、雄鶏に乗られないように高い所で休んでいる

 さて、殺した雄鶏は義母にも何羽か届けたものの、ほとんどは自分たちで食べている。甥に教わった、皮をくるっと剥がすやり方が気に入って、自分でもそうすることにしている。


 羊を捌くときのように、皮と肉のあいだに指を入れてビリッビリッと剥がしていく。筋があるときは包丁で切りながら、とにかく剥がす。暑い台所で汗だくになりながら、ヒップホップを聴きながら、黙々と皮を剥がすわたしは誰か? いつのまにか、砂漠人でもない何者かになってしまった。
 内臓も取った肉は、決して水で洗わずにそのまま冷蔵庫に保管する。そのあいだに肉が熟成されるそうだ。一日置いた鶏肉はこんな色になった。


 大きめの鶏はモモと手羽を、小さめはモモだけを切り分けて、冷凍する。このときも水では洗わない。洗うのは、解凍して調理する直前に一度だけにする(なぜと聞かれても、明確な回答はまだ思いつきません)。

夏野菜

 あいもかわらず、青果爆買いの夏がやってきた。スイカ、トマト、きゅうり、じゃがいも、キャベツなど、量が計れないほどある。ハリルは家畜や家禽のことを第一に考えて買物をしているようだ。わたしが渡した人間用の買物リストに加えて、傷んだものも混ざった野菜を大量に運んできた。トマトなんか、100キロくらい買ったんじゃないだろうか。

じゃがいもを洗って南庭に運ぶ用意をするハリル

毎日ハリルを手伝う甥

さっそくトマトを選り分けて、潰れたものを鶏にやった

 台所では、わたしが果物と野菜の処理。日差しの強い中、露店で売られているので、買ってきたものはまず水に入れて冷やさないと冷蔵庫に入れることができない。




 どうする、これだけのトマト。慌てて庭に吊るしてあるニンニクを取りに行き、タラゴンを摘んできて、トマトソースを煮た。

にんにくは潰すだけ

道端に生えているタラゴン


 5リットルの鍋いっぱいに煮ても、3回分の食事にしかならない。今週はもうひと鍋、煮る必要がありそうだ。

冷蔵庫に押し込んだトマトときゅうり!

プラムジャムとプルニ(牛乳のライスカスタード)

さらに運ばれてきたスイカ。今週は25個も買った…

後ろ前・ちぐはぐの話

 時はさかのぼって、スウェーデンに住んでいたときの話。

 ハリルはトルクメニスタンを追われてスウェーデンに戻ってきてから最後の十二年間、タクシーを運転していた。わたしが彼に出会ったのはその期間だが、それ以前にハリルがどこで何をしてきたか、それは非常に興味深いものなので、また別の機会を作って書いていくつもりだ。今回は、夜のヨーテボリの街を運転していたハリルが遭遇した、ちょっとだけ怖い話である。
 寝ぼけ眼で仕事に出かけて運転を始めたある夜、一人の男がハリルのタクシーに乗ってきた。よく見ると、なにか薬物を摂っているようで、非常に危険な状態だったそうだ。危険というのは、人に危害を加えるといった類の暴力的なもの。ハリルは機転を利かせて、「よかったらコーヒーをおごるけど、飲みますか?」と言って、彼を店に連れ込んだ。その暴力的なナルコマン(薬物中毒者)は、ハリルの後ろについて列に並んだそうだが、そこでハリルは「あ、財布を忘れたから取ってきます」と言って外に出て、急いで警察に電話したそうだ。非常に危険な状況だから、すぐに来てくれと言った。
 電話をかけて店に戻ると、店の中ではすでに2~3人の男性が倒れていた。ハリルの予想どおり、ナルコマンは周りにいた人に暴力をふるったのだ。そしてそのうちに警官が車で駆けつけて、一人でゆっくり店に入ってきた。まずはハリルのそばに来て、「あなたが警察を呼んだんですか?」と聞いた。ハリルはそうだと答えたが、警官は彼を上から下まで落ち着いて眺めて、こう言った。

 「右と左で違う靴を履いていますね?」

 そう、寝ぼけ眼で家を出てきたハリルは、二種類の靴を片方ずつ履いていたそうだ。警官は、この通報者が本当に信頼できるのか、すばやく、しかし冷静に判断したのだろう。それからガタガタと物音がする方向にゆっくりと進み、大きな体のナルコマンをひょいとひっくり返したそうだ。そして電話をして応援を頼んだ。
 その警官がどんな風貌だったのかを尋ねたら、普通の体格のスウェーデン人だったとハリルは言っていた。なにか特別に訓練された人だったのだろう。たった一人で現場に出向いて、ゆっくり静かに任務を遂行したそうだ。最初はハリルの機転に感心して聞いていた話が、警官への憧れに変わっていったほど、小気味よかった。

 なぜこんな話になったかというと、今朝わたしは早起きして羊・ヤギ・牛の搾乳をして庭の水やりをし、朝食を用意して一服したあと、Tシャツを後ろ前に着ていたことに気がついたから。後ろ前や裏表のハプニングがあると、ハリルはいつもその一件を思い出すらしい。

デュシェメ

 気温が40℃に近い、暑い日が続いている。とても元気だった子羊が、一日のうちに弱って死んでしまったそうで、ハリルは落ち込んでいる。日陰があったのに、子羊は炎天下で昼寝をする癖があったようだ。四匹の子犬も、みな死んでしまった。
 子羊が死んだ場合、母羊の乳を搾らなければならない。量は多くないけれど、毎日絞らないと、牛と同じで乳腺炎に罹るリスクがある。今朝は羊1頭とヤギ2頭を搾った。ヤギたちも、少し前に子ヤギを失ってしまったのだそうだ。
 羊やヤギのミルクは、牛とはまったく違う風味がある。もっと野生的な香りがして、味はあまい。鍋に入れて沸かしていたら、砂漠でチーズを作ったときのことがよみがえってきた。


さて、今日のお昼はライス。ではなくて、先日殺した雄鶏の胸肉を使った、デュシェメというトルクメン料理。具はライスの中に収まっている。

レーズン、ゼレシュク、サフランを使う

夏はよく、チャルというラクダの発酵乳を飲む。シュワシュワと繊細な泡があって、薬効もあるそうだ。クセがないとは言わないが、飲み慣れるとこんなに夏にぴったりの飲み物はないと思う。羊飼いたちはこれを飲んで力をつけている。


牛乳をつぎ足しながらキープする

チャルをくれた友人の群れ

子猫たちの死

 二週間ほど前に日本から戻ってきたとき、うちのキジトラの一匹が庭に三匹の子猫を連れていた。三匹とも小さくて、まるでネズミのように走り回っていた。まったく人に近寄らなかったが、あるときからそのうちの一匹がそばに来るようになった。今思えば、それは子猫が弱っているサインだったのだ。近くに来るので、台所に入れて水や卵をやった。しかしその翌日にはうんと元気がなくなり、二日後には死んでしまった。
 今年ほど、子猫が死んだ年はない。ベテラン母のチーちゃんも、外で出産したためなのか、早い時期に子猫を失っていた。家の中で出産したガウシャンとキティも、子猫を亡くした。生き残ったのは、ガウシャンの息子ただ一匹だ。

強そうな目つき!

奥のボウルに注目


 キジトラの二匹の子猫は元気に過ごしていたかと思ったら、また一匹、近寄ってきた。前の子猫は台所で一日以上かけて死んでいったので、今回はむりに水や餌をやらず、放っておこうと思った。その子猫はある日、一晩中草の上で寝ていたのだが、わたしが朝の搾乳から戻ったらいなくなっていた。そしてそれ以降、姿を見かけない。どこか見えないところで、一人で死んでいくのだろう。
 憔悴しきった子猫とはいえ、死ぬのは簡単ではないようだ。最初はおとなしく注入されていた餌もいやがるようになり、寝るばかりになる。そうなると大抵、内臓が傷んでいるかのようないやな匂いがする。ときどき起きては、助けを求めているのだろうか、力なく鳴いている。そして場所を変えてはまた眠り、だんだんと呼吸が弱くなっていく。ハエや虫が近寄ってくる。こんな状態を1~2日のあいだ耐えて、最後は心臓が止まって動かなくなる。


 上は残っている一匹の子猫。今朝はガウシャンの息子が彼に興味を示して、遊びたがっていた。初めて見たときから、目が丸くて強そうな猫だと思ったが、そのとおりだといいと思う。

縫いもの

まくらカバーと敷布団カバーを新調しようと思い、市場の露店で布地を買った。事前に縫うものの大きさを計算して、何メートル買えばいいのか決めていったのだが、売り手のおじさんが布地の幅を大まかに言うもんだから、結局計算が合わなかった。2メートル巾だと言う布は計ったら190cmで、洗った後は184cmになったので、4つできるはずの枕カバーが3つしかできない。

裁縫ノートより

しかも半分に折って巻かれていた生地は、日焼けしたのか、広げてみると真ん中の色が落ちて白っぽい線が入ったように見える。敷布団の生地も、3.5メートルと言ったらおじさんはぎりぎりの長さを斜めに切ったので、20cmくらいは捨てである。せめて日焼けのものを買わないように、次からは商店街の店で買おうと心に決めた。じつは以前にもそう思ったのに、何年か経つと忘れてしまうという、ボケっぷり。


枕カバーは、イケアの商品に倣って折り込む部分もつけた。50×60cmのカバーを縫うために、布は50×140cmくらいに断裁した。


できあがり。手前は古い敷布団カバー。おそらくナーセルの奥さんが縫ったものだが、長年酷使したのでつぎはぎをするくらいボロになっていた。この布は、猫用におさがりする。
次は枕本体のカバーを新調しなければならない。袋状に縫って、中身(野鳥や鶏の羽)を詰め直したら口を縫って綴じるのだが、羽を扱う作業が面倒なのでつい後回しにしてしまう。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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