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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

なぜ普通にできないのか

今週ハリルが爆買いしたものは、メロンとリンゴとサブジ。サブジに至ってはわたしが激怒して(処理しきれない)、来週からは5,000トマン分だけ買うとハリルが誓った。

この3倍の量を買ってきました(二人暮らしです)


りんごはよく食べるのでなんとかなりそうだが、先週買ったものがまだ残っていたのでジャムを煮た。またしても松浦さんのレシピを試してみたけれど、できあがったものは色味が違う。しかし母が昔作っていたジャムに味と香りが似ていた。


白いボウルに入っているまるいものは、イランのドライレモンだ。小さなライムを乾燥させたもので、煮ものなどによく使う。新鮮なレモンがあまり売っていないので、ジャムにもこれを使うようになった。

サーリジャ(小)

いつだったか、バイクに掛けるきれいなホルジュンを買ったのに、ハリルはなぜか裏返して使っている。裏返すときれいな模様が見えないばかりか、処理されていない糸が出ていて美しくないのだが、どうしてこんなことをするのだろう? なにか特別な理由で「自分のオリジナルな使い方」として気に入っているに違いない。が、しかし、どうして普通にできないのか?

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一輪車とシャベル

今日はハリルと一緒に商店街に行き、一輪車とシャベルを買ってきた。家の塀を造るにあたり、土を移動させたり、本格的に仕事をする必要が出てきたからだ。


この一輪車は、今まで買ってきたものより鉄が分厚く、倍の値段がした。酸化防止のための塗料も塗ってあるようなので、長持ちすることを期待したい。バイクの後部座席にわたしが座り、両手にハンドルを持って、一輪車を後ろ向きに転がしながらとぼとぼ戻ってきた。


シャベルも分厚い金属と、まっすぐな竿を買ってきた。意味が分からない人のために、今まで使っていたシャベルをお見せしましょう。


持ち手のところに枝が出ていて手を切るし、曲がっているのでうまく力が入らない。しかも、シャベルがすぽっと抜けやすい。新しいシャベルにはかわいいマークもついていて、お気に入りの一本になりそうだ。



とりあえずは、先日できた排水溝の上にコンクリートを渡した部分に土を盛って、平らにする仕事をやるつもり。排水溝と土地のあいだの隙間も土や石で埋めようと思う。
暑さが和らいだと思ったらすぐに寒くなり、お向かいのアーフンの家はもうストーブを出したと言っていた。それでも晴れている日は、日中外で作業するならばシャツ一枚で十分だ。

鶏、鳩など

先日、犬は噛むときに加減しているという話を書いた。そう書いたとたんに、お気に入りの鶏がバグティに噛まれて倒れていた。雛のときからわたしに懐いていて、きれいな色をしているので何度かブログにも登場した雄鶏だ。

茶色の雄鶏

わたしが気がついたときは、彼は犬猫の餌場に横向きに倒れていた。パタッと倒れたまま動かないので、持ち上げて牛小屋の少し高いところへ避難させておいたが、傷が深くて立ち直れなければ、食べるしかないか… と思った。しかし数時間後には、何事もなかったかのようにまた餌場に来ていたので、だいじょうぶのようだ。


わたしの膝にも手のひらにも乗るし、頭、体、あごの下、どこをなでてもおとなしくしている。普通、鶏はチキン(な性格)なので、人間を近づけたりしないのだが、たまにこういうのもいるのだろう。

ところで、庭の真ん中で猫が鶏を咥えていたので慌てて捕まえたら、それは鶏ではなく、オウムのようだった。おそらく猫がどこかから持ってきたのだろう。こどもなのかケガしているのか、自力では飛べないようなので、仕方なく家禽小屋の二階へかくまっている。


このくちばしと頭を見て「オウムだ!」と思ったのは、よほどマヌケだな、と後でオウムの写真を確認して思った。生物が分かっていないのである(わたし)。実際は、ハトの一種だとハリルは言っていた。鷹だか鳶だか大きな鳥を捕まえるのに使う、餌となる鳥なのだとか。捕獲して育てて売ったり、それで狩りをしたりするのは違法のようだが、トルクメンの若者の多くはやっているそうだ。
鶏用の餌をやって、しばらく様子を見るつもり。飛べるようになったら、空に放してやろう。

インスタグラム

インスタグラムは SNS の一種かと思っていたら、ウィキペディアによれば「写真共有アプリケーションソフトウェア」だそうだ。たしかに、最初は Flickr と同じものだと感じたけれど、フォローとコメントの機能がフェイスブックと似たような感覚をもたらした。まあとにかく、写真をアップして見せたり見たりする場所のようです。わたしはスマホもケータイも持っていないので、カメラで撮影してパソコンに取り込んで、特別なアプリでインスタグラムにアップロードしている。

gomishanir(砂漠人クミコのインスタ)

このブログのリンクの一番上にリンクしておきましたので、よかったらご覧ください。ほとんどはブログに載せていない写真です。
しかしこうなってくると、いいカメラのついたスマホかタブレットを買えば、作業が楽になるのだろう。ブログやらネットやらをいっそのことやめてしまえば? と考えることもあるけれど、こういう進化によって気分が変わり、結局ずっとやっていくのかな。

果物より野菜で

今週の市場では、果物を控えて野菜をバランスよく買ってきてくれた。うちの一週間は市場に合わせて水曜日に始まり、火曜日に終わる感じだ(冷蔵庫の話だが)。


ハリルは果物を「ビタミン」「ミネラル(主に食物繊維)」だと考えているようなので、これからは野菜からビタミン・ミネラルを取ろうよ、と促している。しかしそうなると、おいしい野菜料理を作らなければならないだろう。困った。


サブジの下ごしらえ

とりあえず、週に3日はゴルメサブジを食べる方法を試してみるつもりだ。昨日は、蒸したカリフラワーとエビ、ゆで卵をカレー風味のマヨネーズで和えるサラダを夕食にした。しかしそのあと、ハリルはメロンをほぼ一個食べてしまった。それを食べると食べないとでは、お通じが違うのだとか。
そして今日は、ズッキーニに詰め物をしてオーブンで焼く料理を試してみた。



おいしかったけれど、もっと工夫できそうだ。フィリングは羊肉のミンチ、ズッキーニ、たまねぎとにんにく、トマトペーストとモッツァレラチーズ。チーズ以外はフライパンで火を通してから詰めた。そしてハリルは、メロンとスイカ二人分を食べた。意味ないよ。

犬猫

タロ子がお化粧をしていたので、写真を撮ってあげた。庭に置いてあった袋から石灰がこぼれてしまい、そこに顔をすりつけたようだ。


少し前のジロ子と同じく、タロ子も成人した。バグティがお尻のにおいを嗅いでいるし、見たこともない雄犬が家の前をうろうろしている。タロ子もジロ子も、拾ってから十ヶ月が経ち、美しい雌犬になった。ジャポンやバグティの真似をして吠えたり、猫たちと遊んだり、鶏から餌を守ったり、楽しい日々を送っていると思う。すっかりわたしになついていて、口笛を吹くと必ず走ってやってくる。そしておとなしく繋がれる。

あ、噛まれる

危ないな

あ、咥えた!

犬と仲がいい猫は、彼らが手加減していることを分かっているようだ。カプッと頭を咥えられたように見えたけれど、猫はなぜか喜んでその場を離れない。餌をやる人間の手に対してもそうだが、犬は噛むときにその力加減を調節できるのだろう。バグティなんか、餌を横取りする鶏を咥えてぶるぶると振り回してから、自由にしてやっている。鶏もそれを分かっているからか、何度咥えられてもまた戻ってくる(三歩歩いたあとに忘れている可能性もある)。


ジャポンは、首の回りの腫れが少しひいたようだ。しかし雌犬を追いかけていた期間のダメージはまだ回復できておらず、前足を引きづっている。
南庭では、ガラアーラが出産したという。ハリルは10匹などと言っていたが、行って数えてみないことには実際のところは不明である。

捨て猫

先日、夕方に庭の用事を終えて家に入ろうと思ったら、隣のこどもが呼んでいた。壁越しになにかと思ったら、猫をもらってくれという。「要らない」とか「もとに戻してきなさい」とか言って全力で断ったが、彼女も必死にわたしに猫を受け取ってもらおうとしていた。「うちのじゃないのか?」というので、一応袋の中を覗いたけれど、うちの猫ではなかった。力なくわたしを見つめる子猫のその目が、印象に残ってしまった。
その二日後、ハリルが「かわいそうに、その猫は死んでいた」と言いながら帰宅した。あのときから二日も経たずに死んでしまったようだ。
あらためてハリルがお隣さんに事情を聞いてみると、その子猫は庭に捨てられていたのだそうだ。彼らは飼えないので、たくさん猫を飼っているうちに渡そうと思ったのだろう。同じ理由で、アフーンの奥さんが黙ってうちに子猫を捨てたことがある(現場を陰から見てしまったのだ)。そのときは、奥さんにしばらく挨拶するのをやめたほど、わたしは腹を立てた。なぜなら、その子猫(のちのガラジャ)はアフーンの倉庫に寝ていたけれど、ときどき母猫が来てミルクをやっていたからだ。うちは犬や猫を多数飼っているけれど、したくてそうしているわけではない。餌を工面するのも毎日本当に大変だし、去勢手術ができないので増える一方だ。あげることはあっても、もらうことはこれ以上できないのだ。
そう言ってみても、やはりあの子猫を世話してやらなかったことを後悔しないわけにはいかない。


少し前に庭の猫たちに交じっていたガウシャンも、お隣さんが持ってきたんだろうか? あるいは、別の人がこっそり置いていったのかもしれない。そんな気がしてきた。
しかしガウシャンの生命力はものすごい。もとからうちにいる12匹の猫は、サーリジャ(大)を除いて家の中には入れてもらえないことになっている。それなのに、12匹を差し置いて、ガウシャンは家の中に入れてもらい、特別な餌をもらい、わたしのお腹で気が済むまでモミモミをして、わたしの胸の上で眠るのだ。欲しいものをすべて手に入れている。捨て猫だったのに!
ガウシャンはどうやってそれを実現しているかというと、とにかく必死に鳴いて、諦めないのだ。何十分でもドアの前で泣き続ける。よじ登る。そしていつもわたしが諦めるのだった。自らの力で命を掴んでいる猫だ。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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