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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

コッコ

鶏のコッコが失明したというのは、わたしの早とちりだった。なんと、三日目には瞼に1ミリくらい隙間が空き、目のまわりのかさぶたを取ってやったらより大きく目が開いた。ハリルに顔を押さえてもらい、スポイトで少しずつ水をかけて固くなった部分を柔らかくして、綿棒で剥がせるところをこそぎ落とした。目の周りは突かれてケガをしたけれど、眼球は無事だったのだろう。


目が見えるようになると、コッコは歩き出した。おもむろにいじめの現場、つまり鶏の餌場に走っていくので心配だったが、ほかのめん鶏に追いかけられてもちゃんと逃げていた。普段も気をつけながら、めん鶏から離れた草の茂みに隠れたりしている。
本当によかった。コッコは感染症による死を免れ、ケガから立ち直り、これから最強の鶏への日々を歩んでいくに違いない。そうあってほしい。
しかしそばに置いて大事にし過ぎたのか、夕方仕事を終えて家に入ろうとするとついてくるし、子猫たちが母親のミルクを飲んでいると「自分も…」と言わんばかりにそばでうろうろしているし、自分のことを子猫かなにかだと勘違いしているかもしれない。わたしの手のひらに乗せて、くちばしの下の部分をなでてやると、うれしそうに鳴いている。
蛇足だが、鶏の足は、猫の肉球のようにひんやり冷たい。

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南庭の犬猫

ハリルは南庭に行く際、犬と猫の餌も持っていく。満足な量を毎日与えることはできないが、ハリルがクミシュテペにいる限り、彼らはなんとかケアされている。ナーセルは基本的に犬猫は放っていて、家に残飯があれば持ってくるようだが、実際はそのくらいの態度がここでは正解なのだと思う。犬にウジが湧くまでケアしなかったことは今でも腹が立つが、動物をケアできないとか虐待するというのは、その人間自身があまりに貧しいか、または病んでいるということだと思う。生活ができて、健康である場合、人間は動物を虐待したりしない。というのがわたしの考え。
南庭にいた猫のうち、大きいのが2匹、小さいのは何匹が見当たらない。キティと同じ柄、グレーの縞、黄色い縞の3匹はすべてタイちゃんの子で美しかったので覚えているが、どれももういなくなっていた。おもしろいのは、最初からやたらになついていたチーちゃんの子猫4匹は、まだいたということだ。それからガウシャンもいたので、同じトラ柄の子猫が5匹もいる。
それでは、ハリルが南庭に到着してから、待っている犬猫に餌をやるまでの一部始終を連写でお届けします。

手前の茶色は「ショコラ」(♀)

ホルジュンまっしぐらは猫の「バートル」


この間、たったの2~3分だと思う。ハリルがバイクを降りる前から、彼らは(餌に)飛びかかってくる。すごいよ~
さて、犬は年長のガチガチを筆頭に、ガラアーラ(♀)と彼女が去年産んだ子犬が3匹、そして今年産まれたのが1匹いる。ガラアーラは非常に賢い犬で、羊の群れについてきて、子羊を狙っているキツネを追い払ったりする。誰も教えていないのに、拾われてきた子犬の頃から羊を追っていた。今ではしっかり者の母親、そして南庭の守り女神だ。

ガラアーラ

ジュニア(バグティの子)と兄弟
ガラアーラは今年も出産したのだが、みんなやってしまって、1匹だけうちに残したそうだ。


すばらしい子犬。きっとまたバグティのこどもだろう。控えめでかっこいいバグティだが、やるときはやるのである。

バグティ@自宅

かっこいいと思っていたけれど、バグティもかなりオヤジ化している。

牛と羊の放牧

ひさしぶりに、南庭に行ってきた。「南庭」と呼んでいる敷地は、自宅から歩いて20分くらいのところにあり、牛や羊を囲っている。家のベランダから見えるくらいの距離にあるのに、徒歩ではなかなか行く気になれず、つい足が遠のいてしまうのだった。
ハリルは毎日、朝に晩に南庭に通い、そこから牛と羊を砂漠へ連れ出して放牧している。砂漠とはいってもほとんどが麦や綿花の畑なので、作物が植わっている敷地内に家畜が入らないよう、羊飼い(ハリル)は見張らなければならない。収穫後の畑については、家畜が自由に入って草を食べていいという暗黙の了解が、昔からあるそうだ。しかしもちろんケチな人もいて、自分の敷地の周りに深い溝を掘って、家畜が入れないようにしている場合がある。


放牧の始まり。まずは羊の群れを南庭から出して、わたしが追いかける。どこを放牧するのか分からないまま、羊を追おうと思ったら、ものすごい勢いで距離を置かれてしまった。


そのあと、ハリルが牛を5頭連れて追いかけてきた。犬のガチガチが来ているのも見えた。しかしガチガチは、途中で狐のこどもが死んでいるのを見つけ、その周りに自分のおしっこをかけたらどこかへ行ってしまった。あいかわらず役に立たない犬だが、キング(ガラウェズ)亡き後は、一番の古株となった。ガラウェズは、わたしたちが日本にいるあいだに死んでしまったそうだ。


クミシュテペの町が遠くになった

牛No.4

最年少の牛No.8(背後は最年長の牛No.3)




放牧中は、ほとんどの時間はぼーっとして牛や羊や空や砂漠を眺めていればいい。辺りはとても静かで、ほとんど音が聞こえないけれど、鳥のさえずりや遠くで人が話す声が聞こえたりもする。

近くに青々とした綿花畑があるので、羊を監視



羊は警戒心が強いので、牛ほど近くに寄ることができない。もっとも、牛は毎日世話をしたことがあるので顔見知りだが、羊たちはわたしの存在を危険だと思っているのかもしれない。

昼寝中の子羊をこっそり撮ることに成功。このあと逃げた



途中、別の牛の群れが近づいてきた。13頭の立派な牛に目を奪われる。最初は牛飼いの姿が見えなかったのだが、よく見ると1匹の犬が群れを連れ立っていた。なんと賢い犬! 牛が散らばらないよう、しっかり見回っていた。


イキンニという3回目のアザーンが聞こえるころ、群れは南庭に帰っていく。そして水を飲んだり、別の餌を食べたりしてから休む。羊飼いの仕事は、家畜たちを小屋に収めたらおしまい。ハリルは毎回へとへとになって帰ってくる。わたしもこの夜は、深い眠りについた。

コッコと鶏の顛末

思いもかけない事件が起きてしまった。鶏のコッコが、失明してしまったようなのだ。
昼の見回りに行ったとき、コッコがネットに引っかかってうずくまっているのを見つけた。どうしたのかと思って絡まっているネットを外してやると、こめかみなのか頬なのか、目の横の部分が血で染まっていた。右左両側同じく傷ついていて、一見して鶏のくちばしに突かれたのだと分かった。コッコは瞼を開かない。
じつはその朝、何羽ものめん鶏たちがコッコを追いかけ回している場面を見た。追われたコッコは、高く茂った草の中に必死で逃げ込んでいたので、わたしはめん鶏たちを追い払い、コッコを迎えに行った。そのときは、こんなに深刻な事態に発展することは想像できなかったのだが、おそらくめん鶏たちはまたコッコを追いかけ、ネットに引っかかってしまった彼女を突き倒したのだろう。そうなってしまった後でネットで検索したら、鶏はそうやって一羽をいじめて死に至らしめる習性もあるようだ。しかしこんなことは、うちでは初めて起きたのだった。
その日は一晩、家の玄関のたたきにコッコを置いていた。目が見えないせいか、うろうろ歩き回ったりはせず、プラスチックの桶の縁に掴まったままじっとしていた。しかし朝起きたら、それだけで家の中の空気がひどく淀んでいたので、たまらずコッコは外に出すことにした。玄関のすぐそばの、緑が生えている場所に置いてある。

やはりコッコは目が見えなくなったのだろう。あんなにたくさんの雛の中から、たった一羽生き残ったというのに、なんという運命だろうか。コッコを突いためん鶏の中には、ひょっとしたら彼女の母親も混じっていたかもしれないのに。
ここまで来て分かってきたことは、春にたくさん孵った雛たちをまとめて家禽小屋で飼ったことはまちがいだったということだ。クミシュテペの家で飼われている鶏は、母親が卵を温め、孵ったら雛は母親のそばで育つ。それに反して、母親たちから雛を取り上げてしまったので、雛の成長がうまくいかなかったのに加え、するべきだった子育てができずに、母親たちが混乱してしまったようだ。
鶏の卵は三週間くらい温めると孵るのだが、もう一ヶ月以上温めている鶏がいる。産まれたはずの雛が見当たらないので、また温めているようなのだ。それからこのあいだは、2羽のめん鶏が4羽の雛を孵したので、4羽とも1羽のめん鶏に任せようとケージに入れたら、雛を奪われためん鶏が毎日そのケージの周りをうろうろしたばかりでなく、しまいにはわたしに飛びかかりながら突いてきたのだ(あんなに恐ろしいものはない)。つまり、「わたしの雛を返せ!」ということなのだろう。もうどの雛が彼女の子なのか分からなかったが、とりあえず1羽を捕まえて、そのめん鶏と一緒のケージに入れてやった。めん鶏は満足そうにしているが、別の母親に慣れてしまった雛の方は、いまだにピーピー鳴いてもとのめん鶏のところに戻りたそうにしている。
もうおしまいにしたいと思っている鶏の世話なのに、ものすごく複雑なことになってしまっている。

猫の餌やり

雄猫のガラジャ(黒ちゃん)とアークジャ(白ちゃん)は、まったく姿を現わさない。二匹とも遠くへ行って暮らしているのか、死んでしまったのか、分からないが残念だ。しかし雄猫は、大人になるとうちから離れていく傾向があるようだ。うちは完全にチーちゃんのテリトリーなので、娘のタイちゃんですら、子供を産むと近所のどこかにかくまっている。餌をやっている限りはみな一日に1~2度は戻ってくるが、ロミ夫なんかはうちの庭でくつろぐこともほとんどなくなってしまった。


自宅では毎日、12匹の猫に餌をやっている。チーちゃん、ロミ夫、タイちゃん、サーリジャ、キティ、子猫7匹。みんな食欲旺盛だ。夕方わたしが出ていくと、12匹が一斉に「ニャーーーー!」と合唱して餌場にダッシュする。


キティはあいかわらず気高い‌美猫。子猫が絡んでくると、「ニャッ!」と言ってパンチを食らわせている。わたしには、タイちゃん似の電子音のような鳴き声で、餌を催促してくる。絶対に、視線はそらさない猫だ。


餌やりも後半になると、鶏が参戦してくる。鶏肉をやっているときは追い払うのだが、今日は干し魚とお米を炊いたものだったので、放っておいた。
連日30度を超える暑さで、庭の緑も少しずつ枯れてきているようだ。しかし果樹には二日に一度、水やりをしているので無事に育っている。一年目なので果実は期待はできないが、オリーブの木だけは数年目にして初めてたくさんの実がついている。何本もあるうち、豊作なのは一本だけだけどね。


今はまだ直径1センチにも満たないけれど、いくつかは収穫できるはず。豊作の暁には、塩漬けを作ってみたい。あいかわらず、捕らぬ狸の皮算用となってしまうだろうか?

ほうれん草のカレー

ほうれん草のカレーは、インド料理のレストランで何度か食べたことがあるはずなのに、味をよく覚えていない。大体わたしは食べものの味に疎く、お腹が満たされればいいというタイプだ。しかしながら出されたものはなんでも食べるかといえばそうでもなく、食べたいものがなければ食べないという面倒なタイプでもある。クミシュテペに来て最初の数ヶ月は、義母の家に居候していて完全にローカルな食事内容だったので、途中からほとんど食べることができなくなり、BMIでいうところの適正体重より10kgも少ないところまで痩せてしまった。それでもなんとか生き延びていたのは、毎朝牛乳を何杯も飲んでいたからだと思う。思えば、自分たちで飼っている牛の乳を飲むようになって、もう五年半が経つ。
先日は、牛乳を沸かしたら固まりができてしまった。この季節は食べものが傷みやすい。しかし牛乳が傷んだ場合は、そのまま沸かし続けて酢やレモンジュースを少し入れ、チーズにしてしまうという手がある。ブロ友のボーダさんもそれを最近作っていて、ほうれん草のカレーに入れるとおいしいと書いてあったので、使い切りたいほうれん草が冷凍庫にあったこともあり、ひらめいた。
冒頭に書いたとおり、ほうれん草のカレーの味は覚えていないし、作り方も分からないので、レシピはこれを参考にした。


最初にクミン、にんにく、たまねぎをじーっくり揚げた。あとはスパイスをしてトマトとほうれん草を煮込んだだけだが、食べてみたらびっくりするほどのおいしさ! その美味の理由はよく分からないが、材料とスパイスの組み合わせなのだろう。パンチの効いたカレーなので、チーズは豆腐のように淡泊で、それが合っているのだと思った。インドではチーズのことをパニールというそうだが、イランではペイニールという。


しかし自信満々で出したこのカレー、ハリルがほとんど手をつけなかったことも驚きだ。「これは何?」だって。わたしは喜んで残りをすべて自分用に冷凍しておいた。
 

コッコ

数十羽の中からたった1羽、生き延びた雛に「コッコ」という名前をつけた。もうひよこの段階はとうに過ぎて、猫にも襲われない大きさになっている。


コッコは以前からいるニワトリの群れには入れないまま、いつもひとりで行動しているのだが、わたしが庭にいるときは遠くから駆け寄ってきて足元にまとわりついている。


emoji カ emoji ワ emoji イ emoji イ emoji !


これまで自分がいかに鶏嫌いかをしつこく書いてきたけれど、その深層心理にはいつか好きになりたいという気持ちがあったに違いない。嫌いなものを克服したい…という向上心というか、自分が楽になりたい一心というか。
コッコはおそらくわたしのことを母だか姉だかと思っているので、そっと捕まえて手のひらに乗せるとそのまま留まっている。ニワトリも群れる動物なので、一人ぼっちはさみしいのだ。しかし子猫たちのことも友達だと思ってしまったのか、自ら近づいて話しかけているように見える。子猫も、近づいて来られると襲う気は失せるようだ。犬も猫も、自分より小さな動物を「獲物」と捉えるか「仲間」と捉えるかは、初対面のときの対応で違ってくるのだろう。


市場から、ハリルが黄桃を買ってきた。硬すぎてまだかじれないので、コンポートを作った。コンポートは水と砂糖を沸かしたところに果実を入れて煮るのがいつもの作り方だが、今日は水の代わりにあるものを使ってみた。それは、牛乳でチーズを作ったあとに出る水分、つまりホエイ。ライムジュースを入れて作ったチーズだったので、ホエイをそのまま味見しても甘みがあっておいしかった。コンポートにしたあとのシロップも、砂糖以外の甘さが感じられてめずらしい味だった。あとは冷やして食べたときのお楽しみ。



プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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