忍者ブログ

砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

犬を繋ぐ

庭には犬が4匹いる。一年前に拾ったタロ子・ジロ子と、以前からいるジャポンとバグティだ。タロ子とジロ子はすっかり吠えることを覚えてしまい、通行人があると4匹で襲いかかる勢いなので(うちの塀が壊れていて、庭と道がつながっている)、ついに4匹を繋ぐことにした。

手前はジャポン

と言っても、タロ子とジロ子は子犬のときから繋ぐ習慣をつけているので簡単だ。口笛を吹いて呼ぶと、ここに鎖が待っていても、走ってわたしの元にやってくる。なんてかわいい犬たちなのだ!
 
手前がタロ子

最近は、犬が吠え始めたときに合図の口笛を吹くようにしている。そうすると、タロ子はわたしの方を見て吠えるのをやめ、お座りをする。本当に賢い犬だ。しかしジロ子はダメだ。アドレナリンが止まらないようで、同じ合図をしても吠え続ける。棒を振り上げたり石を投げるふりをすると、ハッとしたようにお座りをする。そばに行って制御しないと、また吠え出したりする。姉妹でも、こればかりは生まれつきの性質なのだろう。一緒に餌をやるとジロ子が遠慮して食べないので、位はタロ子が上のようだ。そのせいか、タロ子の方が肉づきがいい。
ジャポンもだましだまし繋いでいるが、繋がれた半径2メートルくらいの土を掘り起こしているので、ストレスを感じているのだろう。これまで自由に行動してきたので仕方がない。これからは夜の街をうろついて撃たれたりしないよう、家に置いておくつもりだ。

バグティ

問題は、バグティだ。結論から言うと、彼を繋ぐことは諦めたのだが、そうなると夜出歩いて殺処分にあったり、通行人を噛んで死刑になったりする可能性がある。特に、うちをよく思っていない人を噛んだりしたら、一巻の終わりだ。イランでは、噛まれた人が噛んだ犬を殺処分してほしいと申し出れば、そうすることになっているからだ。
犬用の鎖とフックを買いそろえた日、わたしはバグティも騙してフックをひっかけることに成功した。彼は鎖を持って近づこうものなら、すぐに察して逃げてしまったし、首輪を掴んだだけでもかなり暴れていた。首輪にフックをひっかけたあとも一分としないうちに鎖を切って逃げてしまったのだった。鎖の最後の部分は輪っかにして、プラスチックの結束バンドを5~6本結んで留めていた。しかしそんなものはバグティの力で簡単に切れてしまった。砂漠の方へ走ったバグティに一度は追いついたけれど、鎖を手に取っても家まで引いて帰る自信がなかったので、自ら戻って来るのを待つことした。しかしそのほんの数十分後、バグティは鎖とフックが取れた状態で帰宅していた。おそらく、誰かが外してやって鎖とフックは盗んだのだろう。とんだ散財だったし、ひどく暴れるバグティを繋ぐことができる可能性は低いので、あとは運を天に任せるしかない。

南庭で産まれた9匹の子犬たちは、順調に育っているようだ。




ハリルの左側にいる白黒の犬が母親、右手にいる黄色と白のは去年産まれた犬だ。彼女は長いこときちんと立てずに足がふらふらしていたが、今日は飛び跳ねていたので驚いた。目のふちはあいかわらず赤かったので、まだ調子は万全でないと思うが、神経の状態はましになったようだ。クミシュテペは海からの風が冷たく朝晩は冷えやすいので、動物にもリウマチのような症状が出やすいのかもしれない。

PR

義母の刺繍のおわり

刺繍の代金を支払いに、義母のところへ行ってきた。分かっていたことだが、やはり義母は刺繍をしておらず、朝のお茶が終わったあとで横になっていた。一日のうちで横になる時間が、少しずつ増えていくのかもしれない。
バラック12本、ハンドバッグ2つ分の刺繍が未払いだったので、合計して大きな金額になっていた。値段の内訳を説明して、それでいいかと確認したら、「わたしはあなた、あなたはわたしだから、お金は払っても払わなくてもいいんだよ」というようなことを言ってくれた。「わたしは仕事をしたらお金をもらうから、お母さんももらわないと」と言うと、OK と言って受け取っていたが。
ハンドバッグの持ち手の材料を買うために、預けてあったバッグ本体を出してもらおうと思ったら、見つけることができなかった。刺繍関連のものを詰め込んだたくさんの風呂敷包みが二階の倉庫にあるようなのだが、風呂敷をまとめるのはお母さん、置きにいってくれるのはお嫁さん(ナーセルの奥さん)なので、どこになにがあるか分からなくなってしまうようだ。結局見つからなかったのだが、その整理の過程で出てくる端切れや撚ってある糸をまとめてわたしにくれた。しかし端切れといっても、2~3センチ幅の紐状の布がちりぢりになったものがほとんどだ。義母も、昭和時代を生きた多くの日本人母と同じく、物を捨てることができないのだろう。わたしにはごみにしか見えない端切れだが、「刺繍するときにあて布として使え」と言って持たせてくれた。



それから、刺しかけの刺繍もひとつくれた。チュナール(刺繍の技術のひとつ)はできるだろ? と言いながら。残った10cmくらいを仕上げて使えということだ。


電話の下に置く敷物を作っていたようだが、家にあってもこどもが汚すから持っていけ、とわたしに。これはスティッチがガタガタなので、つい最近の作品だと思う。義母はその人生において80年近く刺繍をしてきたはずで、ほんの数年前まで、スティッチはきめ細かく整っていた。しかしこの数年はだんだんと目が悪くなり、ついに手元が見えなくなったのだ。この敷物は、普通のヨムートの刺繍には見られないシンプルで大きめのスティッチと明るい色を使って、つまり見えない目でも可能な限り刺した、義母の工夫とその造形が見られる。残りのチュナールを完成させて、わたしの部屋に飾ろうと思う。

作業再開

いくつもの季節を経てしまったが、ついに刺繍作品の製作に取りかかった。正確には、製作を始める前に、未払いの刺繍の精算などやりかけの仕事を始末しなければならない。

パッマダイザ(義母)による刺繍。バラック(ズボン)になる予定

同じく義母による刺繍

別の刺し手によるもの。袋物になる予定

しかしここで、残念なお知らせがある。87歳になった義母は、この夏に視力が一段と悪くなり、ついに刺繍をすることができなくなってしまった。もう手元が見えないのだそうだ。したがって、これらのバラックが彼女の最後の作品となった。
一日の多くの時間を刺繍に費やしていた彼女なので、今はどうしているのだろう。ごぶさたしているので、明日にでも訪ねてみるつもりだ。食事もお茶も大した量を摂らないから、刺繍をしなくなったらお祈りが唯一の日課になっただろうか。前回、これまたひさしぶりに訪ねたとき、「どうしたんだ! スウェーデンに戻っちゃったみたいじゃないか~」と怒られた。明日もまた怒られそうだ。
封印していた作品らを開けて、作業を再開した今日、偶然にも別の刺し手から数ヶ月ぶりに電話がかかってきた。彼女はわたしが一番のひいきにしている刺し手なので、彼女だと分かったときは躍り上がりそうになったが、電話の内容は期待とは裏腹に、役所で仕事を得るために勉強しているとのことだった。試験に受かってほしいけれど、受からなくてもわたしはうれしい。もう刺繍はしていないとのことだったので、再開してもらえる可能性が出てくるからだ。
あらゆることは、運命に従って流れていくだろう。わたしも細々とさばくの民芸店を続けたいと思う。

エビ・ディル・コロッケ

秋なので、なんとなく物思いにふけりがちだ。夏は暑すぎて思考が定まらず、冬は寒すぎて手足が動かず… と、結局、一年のほとんどをぼーっとしているんじゃないか! と自らつっこんでいるこの頃です。
しかしクミシュテペに来て秋を感じたのは、初めてのような気がする。過去五年のあいだの記憶は、「暑い夏が半年続いて、終わったと思ったら家の中まで寒い冬が3月までつづく…」というものだった。それに対して今年は、はっきりと秋を感じている。それは、庭の地面が緑になっているからだ。春のように、小さな緑の芽が庭中に出てきて、草の茂みとなっている。強い日差しがなくなり、気温は高いままで、雨が降ったりしたので植物が育ちやすいのだろう。トマトもメロンもカボチャも、あちこちで発芽している。終わったはずのミニトマトも、青い実がぶら下がっている。

赤くなるのはムリか?

今日はひさしぶりに自分の独創料理をした。エビを入れたコロッケだ。



独創というのは大げさかもしれないが、誰のレシピも見ずにありあわせのもので作ろうと思ったらこうなったのだ。正確にいえば、エビのしっぽが1本だけ出ているコロッケをどこかで目にしてしまい、それに影響されている。よくばって2本入れたので本当に変な物体になってしまったが。


じゃがいもの本体に混ぜたのは、炒めたたまねぎとディルだ。たっぷり入れたので、緑色になった。パン粉も手づくりして一気に揚げて、完成した。



エビもちゃんと火が通っていました

ちょっと味見したらあまりにもおいしくて、洗ってあったサブジをつまみながら、3個も平らげてしまった。ハリルの帰りを待つ余裕はナシ。揚げたてのコロッケは衣がサクサクで、食べずにはいられない。
次回はエビの身だけを刻んで中に入れてしまおうと思ったが、今日はパン粉を作っているときにフードプロセッサーを壊してしまった。回転させすぎて中心のなにかが溶けたようで、回らなくなってしまったのだ。残念~

乾燥ディル

コロッケに入れたのは生のディルを炒めたものだが、先日ハリルが乾燥ディルを買ってきた。お茶にして飲むというので煎れたら、とてもまずくてわたしは飲めないと思ったのだが、二度目に煎れたときはなぜなのか、おいしく感じた。ハリルは血液検査で「貧血」と言われたばかりなので、紅茶や緑茶の代わりにしばらくこれを煎れようと思っている。食事のときにお茶を飲む習慣が、鉄分の吸収を邪魔していたのではないかと疑っている。

デーツ

デーツはイランでは一般的なお茶うけで、気軽に買える値段のものだ。黒くて柔らかいものや、茶色でかためのものがある。箱入りのデーツは400~500g入りで、クミシュテペでは170円くらい。


黒いものはねっとりとして甘く、コーヒーによく合う。栄養価も高いそうだ。そういえば、お葬式のときにはなぜかデーツが回ってきて、ひとつ口に入れてからお経を唱える。
このあいだはケーキを焼こうと思ってひと箱買ったのに、そのまま食べているうちに足りなくなってしまった。買い直してようやくケーキが焼けた。


庭の隅にデーツの芽がたくさん出ていたので、放っておけばそのまま木になり、実がなるのだろうか。今のところ、成長のスピードがとてもゆっくりだ。



羊と豆と麦とディルのスープ

栄養と風味たっぷりのスープ。見た目はウーンラシュのようだが、どろどろの正体は小麦粉ではなく豆と穀物なので、タンパク質が豊富なひと皿だ。


作り方は、たまねぎと肉をよく揚げたあと、ガラムマサラを振って少し火を通し、水を入れてよく煮込む。骨付き肉の場合は水をたっぷり、フィレの場合は普通に水加減する。ドライレモンも入れる。
肉がやわらかくなったらレンズ豆と大麦を加え、煮えてきたら押し麦を加えてさらに煮込む。最後にディルもたっぷり加え、塩加減をしたらできあがり。

左からレンズ豆、大麦、押麦、ドライレモン

器に盛ったあと、たまねぎとにんにくのスライスを揚げたものを乗せて食べるとさらにおいしい。
うちの食事は、手に入れることのできる食材が限られているのと、一皿料理のため、バランスの取れたメニューを考えるのが難しいのだが、ひさしぶりに新メニューを開発することができた。見た目に反してさわやかな風味があるのは、レモンとディルが効いているから。

ザクロ

長かった夏もとっくに終わり、ザクロの季節になった。ザクロやカキ、ブドウが終わったら、果物はオレンジ一色になってしまう。




ザクロは皮を割り、がりがりと粒をかじって食べる。種もよく噛んで食べてしまうのだが、食べ過ぎればお通じが悪くなる。それがいやなので、わたしは種を取ったジュースにして飲んでいるのだが、ハリルは「種が腸を掃除してくれるのだ」といつも言う。

果物の過食は一生治らないだろう

夏が終わったあと、2羽の雌鶏が卵を温めていた。1羽は三週間座ったあと、卵が全滅した。彼女のせいというよりは、卵の質の問題のようだ。もう1羽はなんとか5羽を孵化したけれど、そのうち1羽はわたしが誤って割ってしまい、なんとか救出して家の中で手当てをしたものの、二日目には死んでしまった。



ごめんよ~

産まれた雛のうち、4羽は母親そっくりの黒い雛だった。雌鶏が卵を温めるとき、集めて保管してある中から適当に10個くらいを選んで寝床に入れてやるので、どの雌鶏が産んだ卵を孵すのか分からないものなのだが、今回はこの黒い雌鶏の卵がほかより大きくて分かりやすかったので、たくさん入れておいたのだ。だから、4羽の雛たちはきっと彼女のこどもだ。


いつだったか、飛べないハトを保護して以来、ハトはずっと家禽小屋に置いている。まだ左の羽が羽ばたけず、飛べないのだが、最近ひと回り小さくなった上に、色味が悪くなってきたので、飛べるようになる前に死んでしまうかもしれない。野生の鳥を世話するのは本当に難しい。

最新記事

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

P R

Copyright ©  -- 砂漠人5 --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Photo by Geralt / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]