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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

義母と鶏

鶏があまり卵を産まない。それは仕方がないことなのだが、義母が会うたびに「鶏は卵を産んでいるか?」と聞くのである。彼女は幼い頃から馬に乗って羊を追いかけていたような、本物の自然人なので、食べものに関するこだわりも相当なものだ。店で買うブロイラーの鶏は食べたがらないし、卵も然り。家で飼っているオーガニックな肉や卵じゃないと、文句がすごい。だからつまりは、その質問をすることによって、わたしが育てている鶏が産んだ卵をくれ、ということなのだ。
はっきり言って、わたしは好きでもない鶏を、お小遣いを得るためにがんばって世話してきたので、その肉や卵をはいはいと義母やナーセル家族にあげる気にはなれない。わたしがケチだということはもちろんあるが、義母も卵を産まない鶏の話をすると「草を食べ過ぎて太ったんだ。処分してしまえ」などと、世話もしなければ見たこともないわたしの鶏に対してケチをつける。まったく腹が立つじゃないか。
しかも先日は、数を調整するためにあげた雄鶏に対して、その肉がブロイラーの肉のにおいがしたなどと言うのである。犬猫にやっている鶏肉の骨や皮の部分を、わたしが鶏にやっているんじゃないか、などと憶測しているのだ。その場では「やっていませんよ。鶏に肉なんかやるわけないじゃないですか」と反論するに留めたけれど、本当に腹が立ってきて、「お母さん、今後一切、わたしの鶏に干渉するのはやめてください」と言いたい衝動にかられた。しかし相手は、87歳の刺繍の名手の、本物を知っている大人物だ。そんな敬意のない態度を取ってはいけないだろう。(…ときどきやっていますが。)どうしたものかと思い、後日こっそりナーセル夫婦に雄鶏のにおいについて聞いてみた。
奥さんはにおいはなく、雄鶏をもらえることは大きな助けになると言い、ナーセルは義母が年を取って食べものに対して神経質になっていると言った。じつは、よく考えた挙句、わたしもそういう結論に達していたのだった。
80歳、90歳にもなると、多くの人間は自分で食事の用意やその他のタスクができなくなる。でも大抵口は使えるから、文句だけは若いときと変わらずに、あるいは若いときより堪えが効かないためにたくさん出てくる。他にやることがなくて時間が余っている、というのもあるだろう。それをいちいち真に受けて腹を立ててはいけないのだ。そんなことに気がついていたところだった。
今日は考えを変えて、昨日と今日で産まれた4個の卵をポケットに入れて、義母に持っていった。産みたての卵を受け取った義母は、まるで孫でも産まれたかのように喜んだ。トルクメンが大事なものを受け取ったときにするように、卵を額に何度かあてて、少女のような笑顔でありがとうと言った。
結局、わたしは義母に卵を進呈しつづけるだろう。ケチなわたしでも、喜びを感じたいのだ。

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揚げなすのサラダ

朝食に食べるパンはパン屋でまとめて買ってきて、冷凍している。ひさしぶりに午後にパン屋に出かけ、熱々の焼き立てを買って食べたらおいしいのなんの! 一枚は無理だが、半分以上簡単に食べることができる。バターを塗れば、食べるのをやめるのは難しい。

長さ50cmくらいある大きなパン

コリアンダーサラダの熱が収まったので、最近は揚げなすのサラダをよく作っている。なすを揚げておいて、トマトやキュウリなどの普通のサラダに混ぜて、塩・こしょう・オリーブオイル・酢で和え、しばらく冷蔵庫で寝かせておくものだ。

あるものなんでも入れる。刻んだのはネギではなくて、ニンニク


しかし陽が照らない日はまだ寒い、この季節。サラダばかり食べていると体が冷えてしまうようだ。

カリン飴。白砂糖も体を冷やすらしい

大麦畑と酪農、誘拐について

前回の記事。思わせぶりに書いてしまい、わりと大きな誤解を招いたようなので、二つのことをさらに書き足しておこうと思います。コメントをくださった方へのお返事のような感じなので、今回は丁寧語で。

一つ目は、わたしがいま草刈りをしている大麦畑と酪農の関係です。
海辺の町であるクミシュテペの主な産業は漁業ですが、その他にも農業や牧畜業があります。うちは小規模ながら牛と羊を飼っているので、牧畜をしている酪農家ということになります(ハリルがモンゴルで始めたのは、これとはまったく関係ない仕事)。
大麦や小麦の畑は農家が所有していて、作物を植えて収穫しては売り、それが彼らの年収となります。農家によって所有する畑の大きさは異なりますが、クミシュテペ全体の田園地帯は、住宅街から海までの「砂漠」と呼んでいる土地を埋め尽くすほど広大です。作物が植わっていない時期は、畑には雑草が生えるので、そこが「草原」「空き地」「砂漠」といった状態になり、誰が歩いてもいいし、伝統的に牧畜をしている人が家畜の放牧をしてもいいということになっています(その慣習を嫌がって、家畜を入れないようにする農家もいます)。今の季節は草が大きく伸びるので、酪農家は牛や羊に食べさせるために各地を回って雑草を探します。わたしが刈っている場所のように、麦畑の端や畦道によく生えています。雑草だけを刈り、袋に入れて持ち帰り、自分の家畜に与えます。作物にはもちろん手をつけません。大麦を刈り取ったらそれは「収穫」になるし、「窃盗犯」になってしまいます。あくまでも、雑草の草刈りなのです。
作物がない場所に家畜を連れて行って放牧をしてもいいですが、家畜はたいがい雑草より作物が好きです。畑に入って作物に手をつけてしまったら、農家への弁償が大変なことになるので、そうならないよう見張るか、繋ぐ必要があります。そういう作業を、酪農家は毎日しています。うちの場合だと今はナーセル夫婦がしているので、わたしは彼らの作業を少し手伝おうと、草刈りを担当しています。刈った草は、夜ナーセルたちが牛小屋を去るときに餌場に入れられて、牛たちはそれを食べてから休みます。牛は、餌をいくらでも食べることができる家畜なのです。

二つ目ですが、それは誘拐の可能性についてです。
イランで「内臓の売買という犯罪がある」と書いたために、その言葉に大きなショックを受けられたかもしれません。しかしそういった犯罪は非常に稀なことでしょうし、過去にクミシュテペで発生した事例はありません。「内臓の売買もあるし」と言ったのは噂話が好きなお向かいの奥さんであって、わたしはそれを聞いたとき、逮捕された「車に乗った七人のペルシャ人」は、薬物中毒者だろうと思いました。人気のないところで薬物を摂って、たまたま一人でいた男にいたずらしようとでも思ったんじゃないでしょうか。クミシュテペの砂漠は今は収穫前の麦畑ですから、内臓を取るために人を誘拐する目的で来る場所ではないです。クミシュテペの住民は誰も、「どの一族の誰」という肩書で知られ合っています。だからよそ者が来れば、その言動はすぐに人々の記憶の中に記録されるので、ここで誘拐をするリスクは高すぎるのです。
お向かいの奥さんは毎日のように集まりに行っては噂話をし、道端で立ち話をし、町中の人と情報交換をしています。だから多くの出来事を知っているし、それについての尾ひれもきっとついていることでしょう。しかし他の多くの女性と同じように、実際に一人で砂漠に行ったり、草刈りをしたことはない人です。
わたしが草を刈っているのは午前8~10時で、酪農家が牛や羊を放牧し始める頃です。見えなくなるほど遠くへは行かないし、毎日同じ人たちが放牧したり通り過ぎたりしている場所に、よそ者が入ってきたら皆がすぐに異変を感じます。そして監視されるでしょう。都会とは違い、一見何もないように見える風景でも多くの人の隠れた目があるし、砂漠人たちの眼力というのは都会人の想像を超えています。わたしには点にしか見えない人影も、男女の別を見分けるし、誰が何しにどこへ向かっているか、分かってしまうのです。そういう意味で、広大な麦畑で一人で作業をしていても、わたしは自分を一人だと感じてはいません。ナーセルも危険だと考えていたら、わたしに草刈りをやめさせるでしょう。ハリルも同じで、危険な場所だったら、わたしを一人住まわせたりしないです。わたしに長いあいだ自転車を買い与えなかったのも、クミシュテペの悪質な道路とドライバーを鑑みて心配だったからじゃないかと、今では分かってきました。彼自身は非常に慎重なドライバーですが、それでもバイクに乗っていたところを後ろから車にはねられた経験があるので、なおさら心配なのだと思います。

以上、大麦畑と酪農の関係、そして誘拐の可能性についてでした。長すぎて、読まれないことがありませんように(笑)。

モンゴルとイラン

モンゴル人のハリルの同僚が、写真を送ってくれた。ウランバートルではなく郊外に行っているようで、牧場の写真だった。

思わずハリルのお腹まわりをチェック。写真のために凹ませているか?

モンゴルでも、トルクメンサハラと変わらないような写真に苦笑してしまうが、遠景がちょっと違う。それに、あちらはまだ寒いようだ。調べてみると、モンゴルは一年を通じて気温が東京より低い。


それにしても、この風景は絵画のようじゃないか。子牛(シンメンタール)がいる。彼らの仕事柄、これらは肉となる運命なのだろう。

次は、わたしの仕事場の写真。毎朝2時間くらい、草刈りをしている麦畑はこんなところだ。

この道を自転車で走り、左右にある細い畦道を歩いて入る

マイテリトリー。この辺り一面はすでに刈ってしまった

麦畑の端にはたいてい雑草が生えているのだが、酪農家はそれを手で刈って牛にやっている。この時期に青い草をたくさん食べさせることは大事なのだそうだ。

大麦。黄金色に変わりつつある部分もある

今日の狩り場。じゃなくて、刈り場。道具は鎌1本と袋4枚


しゃがんでみると、麦以外の草がよく見える


今日は2時間くらいで4袋分刈った。花粉が飛んで鼻水が垂れてくるが、そこは根性で乗り切る(しかし最後の30分くらいは、もう牛乳と紅茶のことしか考えていない)。袋をまとめて置いておけば、ナーセルがバイクで回収しにきてくれる。
遠くに羊飼いと小さな群れが見えたりして、アレルギーさえなければ最高の仕事場だ。しかし今朝は、向かいのアフーンの奥さんから「砂漠はあまり遠くへ行くな」と注意された。町の男性がひとりで砂漠にいたところ、車に乗ったペルシャ人が7人来て、さらわれそうになったそうだ。携帯電話で助けを求めて警察が来たので助かったそうだが、イランでは内臓の売買などの犯罪もあるようなので、危険だという。まさかクミシュテペでそんなことに巻き込まれないだろうとは思うが、それが起きたのはつい先週のことだそうだ。
アーフンの奥さんは人がいいのだがおしゃべりで、町の噂はすべて知っていると思うほど。先日は、11歳のこどもが犬を怖がって排水溝に落ち、溺死したという話をしてくれた。これもクミシュテペの話。

子猫

キティの子猫は、メスだった。黄色いトラなのだが、オレンジではなく白っぽい。十日目で目が開いたので、物置部屋のストーブの脇からサロンに移した。段ボールを横倒しにして、子猫が歩いて出ていけるようにもした。

まだ猫の形になっていない


ガウシャンが産んだ二匹の子猫は、もうとっくに外に出している。昼間は菜の花の庭で遊んで、夜は温水器の陰に隠れて寝ているようだ。チーちゃんも彼らをかわいく思っているようで、舐めてやるものの、授乳には至っていない。チーちゃんはなんと、ガウシャンや他の大きな猫たちまで舐めてやるようになった。子猫に与えるはずだった母性が、溢れているのだろうか。発情している雄猫(サーリジャ)には、ものすごい勢いで威嚇して追い払っているが。





アシュとオリヴィエサラダ

アシュは、豆とハーブの入ったスープ。アシュレシテというのは、うどん(レシテ)の入ったスープのことらしい。ゴルガーンの街中で一度食べたことがあるが、たしか液状の塩辛いチーズがかかっていて、好みでチリパウダーをかけた。うちではうどんは入れず、パンを添えて食べることが多い。ジェリルの家では、揚げたたまねぎとにんにくを入れて食べて、ものすごくおいしかったのを覚えている。
レンズ豆と麦。ほかに、ひよこ豆とうずら豆を入れた


できあがり。鶏ガラでスープを取って、豆とハーブを煮こむ

次のオリヴィエ・サラダは、鶏肉やきゅうりのピクルスを入れるポテトサラダだが、ロシアにその源があるようだ。イランでも、これは代表的な家庭料理である。名前も同じく、「サラート・オリヴィエ」。


主な材料はじゃがいも、ゆで卵、鶏肉、きゅうりのピクルスで、塩こしょうをしてマヨネーズで和える。

砂糖を入れないイランのピクルス

イラン風はもっと細かくみじんにするようだ


ロシアでは、にんじんやたまねぎ、ディルなども入れるらしい。今回は、にんじんも入れてみた。

ていねいに混ぜて、できあがり

わたしが初めてこのサラダを知ったのは、スウェーデンでハリルが作ったときだった。じゃがいもを大量に入れたチキンスープを煮ているかと思ったら、鶏ガラ(一羽)を取り出して「肉をむしれ」という。モモを切り取って胸肉がついていたのだと思うが、肉の部分をむしって大きなガラスのボールに入れていった。その後、小さく切ったじゃがいもや、細かく切ったゆで卵とピクルスなども投入され、ハリルは塩こしょうしてマヨネーズで和えたと思う。ポテトサラダとスープを一緒に作っていたのが印象的で、作る手順は違うものの、わたしも鶏ガラを煮るときについオリヴィエ・サラダを作るようになった。
ちなみに、日本ではポテトサラダにきゅうりの薄切りを入れることは普通だが、その発想はピクルスを使うイラン人には、まちがいと写るようだ。

幸福な日常

今日は午前中に2時間、草刈りをした。麦畑のあいだの畦道のような場所で、谷のような地形の斜面に生えている草を刈ったので、2時間かけても4袋にしかならなかった。わたしは麦に花粉アレルギーがあるのだが、二日間降った雨のおかげで症状がまったく出なかったことがせめてもの救いだ。
しかし朝飯前のその労働はきつすぎて、帰りの自転車をどうやって漕いだか思いだせないほど。途中でスカーフをちゃんと被っていないことに気づいて直したのは覚えているのだが…。家に戻り、紅茶を沸かしながら冷蔵庫にあるものをどんどん口に入れた。ポテトサラダやケーキがあった。そして最高のミルクティーを飲みながらパンをかじり、またケーキを食べて満腹にしてから、ベッドに入った。部活帰りの中学生のようだった。いや、中学生はもっと体力あるか。
起きたら正午を過ぎていたので、慌てて市場へ。市場ではまたたくさん買い込んで、重い荷物を担いで帰ってきた。15キロはあったと思う。またお茶を飲んでなにか食べて、横になった。もう今日はこれ以上の肉体労働は無理だと思ったが、犬猫の餌を取りに行くという仕事が残っていた。コイネクを脱いで、ジーンズを履き、自転車に跨る。

今日の買物

さらにこれもです。メロンとカリンの香りが家に充満している

このほかに、先週買ったガラスの保存容器を買い足した。先週は一つ5,000トマンの容器を4個買ったら1個4,000トマンにしてくれたのに、今週は4,500トマンにするなどと言っている。「先週4,000トマンだったじゃん!」と訴えて、安くしてもらった。500トマンは12円くらいなのに、またケチケチしてしまったー


サブジもきれいにして、明日はこれを入れたアシュというスープを作ろうと思っている。写真は3,000トマン分で、日本円にすると76円くらい。イラニアン・リヤルが暴落しているようだが、どうなってしまうんだろう。

BEFORE


AFTER

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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