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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

雄鶏のゆくえ

 冷凍庫の肉がなくなったので、今朝は雄鶏を一羽、殺した。クミシュテペから引っ越す可能性があったため、うちは今年の犠牲祭で家畜を殺さなかったのだ。しかし、たとえ自分が食べなくても、犠牲は捧げて貧しい人に分け与えるべきだというようなことを義母は言っていた。結局、お祝いの際にナーセルの家から羊の後ろ足を一本もらってきたけれど、それももう食べてしまった。
 雄鶏は、ハリルが首を切って、わたしが捌いた。わたしたちにとっては、鶏を一羽殺すのも精神的にはきついことだ。でもクミシュテペの人にそういう感覚はないだろう。「肉が食べられる」、その一点に集約されているに違いない。実際、肉を食べるということは、その動物の血が流れるということだ。

二本のモモ肉は、ゲイメという煮込みになった

ささみは、オリヴィエ・サラダに。胸肉だけを冷凍した

昼食

ガラはスープに。2.5リットルくらい

 今日は日中ずっと台所にいて、鶏を処理し、果物を煮てケーキも焼いた。ひとつも失敗しなかったので、やりがいがあった。同時にいろいろなことをすると、失敗しがちなので。

桃ジャム

ズッキーニのパウンドケーキ

 けれど、最後で写真を撮るのを忘れてしまった。雄鶏の内臓は、トマト煮込みにして夕食に食べた。にんにくと唐辛子を効かせると、俄然おいしくなる。



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ウーンラシュ

 トルクメンの料理ウーンラシュ。スープと麺の比率をつかんでからは、ずっと上手に作れるようになった。羊肉のスープに小麦粉を練って作った麺を入れて少し煮込むのだが、そのときのスープの量は、わたしが想像しているよりずっと多いのが正解だった。

ケンドゥルック(ベーキングマット)の上で自家製麺を伸ばして切る

できあがりは、トロっとしたスープ。ドロッとしてはいけない

 麺の量は、二人分で小麦粉100gしか使わない。その半分の50gの水を入れてこねてまとめ、しばらく寝かせたら伸ばして切る。トルクメンは麺を薄く、細かく切っている。そしてウーンラシュには、パンを添えて食べる。


 パンの一部が欠けているのは、買ってきた人やその人が途中で会った人など、焼きたてを扱う際に関わった人がちぎって食べるからだ。焼きたてパンを持った人に差し出されたら、少しちぎって食べるのが礼儀のようだ。初めの頃は、焼きたてのパンが欠けているのは美しくないとわたしの美意識が感じていたけれど、今では一部欠けてこそ、そこに命が宿っているなどと考えることもある。いずれにしても、大したことじゃないけれど。

ガチガチの死

 犬のガチガチが死んでしまった。鼻から血を流していたそうだ。南庭にいるガチガチはだいぶ老いていて、近づいても気がつかずに眠りこけていることが増えていた。それでも昨晩、南庭で見たときは、わたしのあいさつで起きた後に、門の前で外に向かって吠えたりしていた。きっと、仕事をしているところをわたしに見せようとしたのだろう。
 ガチガチは、以前はうちの庭にいたのだが、餌を独り占めするし、リーダーシップに欠けるので、ジャポンやバグティにも慕われていなかった。それで自ら南庭に移り、絶対的リーダーだったキングが死んだ後、なんとかその地位を得たようだった。それもそのはず、ほかの犬はみな雌犬か子犬だったのだ。
 それでも彼は、わたしが飼い犬として一番最初にかわいがった犬だった。首に紐を結んで義母の家からうちまで歩いたときは、まったく嫌がらずに、むしろ嬉しそうにわたしに繋がれて歩いていた。怖い犬がいると、わたしが彼の盾になって守ったものだ。
 猫のロミ夫が死んで、ガチガチも死んだ。時が流れ、時代が変わったことを実感する。

二か月前のガチガチ

砂漠生活の終わりとブログ

 クミシュテペに来て以来、経済状況や自然環境など、いろいろなことが悪くなる一方だったので、この先どうやって暮らしていくかはいつも考えていた。二年前に半年ほど日本に住んでみたあと、やはりまだクミシュテペで暮らすのがいいと思い、その後「自分が50歳になるまではここでやってみよう」と決めていたところだった。つまり、あと四年のあいだに様子をみて、見通しが立たないならどこかへ移ることを考えるということだ。でも本当は、クミシュテペで土葬されることについても考え始めていたし、動物たちとの生活こそが自分の人生だとも思えるようだった。
 だから、ここを去ることは、不本意なことだ。しかしキャリアを再開して将来の不安を解消する機会が来たのだし、母国へ戻れるのだから、いいことのはずだ。そう考えて帰国の準備に取りかかろうとしている中、ある夜、寝るために玄関を出て二階の寝室へ向かっているときに、突然悲しい気持ちになり、涙があふれ出てきた。玄関のドアを開けると、猫たちがニャーっといって駆け寄ってきたのだ。しばらく撫でてやったりしたけれど、彼らを置いていくことが、わたしにとっては受け入れがたい苦しみだ。先に寝ていたハリルは、泣いているわたしを見て驚いたようで、この大きな変化をわたしが不安に感じていると思ったようだ。「心配するな。いつもそばにいるし、モンゴルのゲルで暮らそう」というようなことを言った。まったく安心できないその言葉がおかしくて、悲しい気持ちが一瞬ふっ飛び、笑いそうになったくらいだ。でもしばらくして、今度はハリルが泣いていることに気がついた。
 彼が泣いている理由をよっぽど尋ねようかと思ったけれど、デリカシーに欠けるのでぐっと我慢した。でもそのあとの会話でよく分かった。ハリルは、自分のことではなくて、身を粉にして働いても生活が成り立たないクミシュテペの人々を哀れに思い、彼らの将来を憂い、またトルクメンという民族の置かれた根源的な悲劇を思い、涙が出たのだと思う。それは彼の人生のテーマに深く関わっていることだ。
 わたしの悲しみの内容も、犬や猫だけではないけれど、とても簡潔に書けるものではない。希望を持ってハリルの故郷に移住し、なんとかやってきたのに、実りのないうちにここを追われるような状況が、悔しいのかもしれない。そんなこんなで、帰国までわたしの気分は揺れるだろう。しかしこれまで以上にブログに記事を書いて、自分の状況を整理していくつもりだ。
 ハリルと出会ってからスウェーデンでブログを始めて、もう十二年になる。初めはハリルのユニークなライフスタイルを記録しようと思い、イランに移ってからは、記事を書くことで、そのときどきの出来事に自分なりのけじめをつけてきたようなところがある。そして今は、砂漠生活の終わりとともに、このブログも終えようと考えている。終えるタイミングは、砂漠を去るときか、まだ書き終えていないハリルの一生についての記事を書き終えたときにしたい。

大ニュースです

 ハリルとわたしがクミシュテペを去る日が来た。これは最近決まった事実で、ひっくり返ることはまずないだろう。決して計画していたことではないが、なりゆきでこうなってしまった。
 イランの政治や経済がうまくいっていないことは今に始まったことではないが、わたしたちが移住してから六年半、状況は悪くなる一方だった。そして家畜では生活が成り立たず、今ではハリルが去年始めたモンゴルから肉を輸入する仕事だけが頼みの綱となった。しかしそれもまだ軌道に乗っていないどころか、問題が山積みのようだ。アメリカ(トランプ大統領)がイランに対する経済制裁を強化したことは、経済が停滞(崩壊)している直接の原因になっているのだろうが、イランという国自らが大きな問題を抱えていることは否めないだろう。そしてうちもその影響をもろに受けている。イラン国民なのだから、当たり前か。一時的な不況ならば、なんとか乗り切る方法もあるだろうけれど、イランの将来はしばらく希望がない。
 そういう状況の中で、日本で登録していた派遣会社から仕事のオファーがあった。派遣社員として働くのだから稼ぎはちっともよくないけれど、二年前に働いた内容よりも好条件だったので、受けてみることにした。ハリルがそう勧めたからだ。そして受け入れてもらえることが決まったので、わたしは12月から千葉で働くことになった。
 二人で日本に移住するという状況ではあるものの、ハリルはモンゴルでの仕事を続けるそうで、今月中にもイランからモンゴルに行くことになっている。そしてわたしは来月一人で日本へ帰ることになる。わたしの場合は移住ではなくて、永久帰国とでもいうのだろうか。大変なことになった。

ジロ子の恋

 ジロ子の恋の季節がやってきた。いつもどおり、近所の雄犬がうちに集まってしまって困っている。しかし今回は弱そうな犬ばかりなので、子猫が噛まれることはないだろう。
 二度妊娠したタロ子と違い、ジロ子は一度も妊娠したことがない。交尾しているところは何度も見たことがあるのだが、あまり食べないので発育が悪いのか、こういう結果だ。妊娠したらわたしたちが非常に困るのは確かだが、若いのにこどもができないジロ子は少しかわいそうに思えてくる。なぜ食が細いかというと、こどもの頃からヒエラルキーの一番下だったので、餌に十分ありつけなかったということがあるだろう。ジャポン、バグティはもちろんのこと、タロ子にも餌を横取りされてしまうからだ。
 今回、ジロ子に熱心にくっついている雄犬は、イチジクをくれた近所の親戚の犬だ。いつもその家の前の通りに座っているので、わたしも顔を見知っている。悪い犬ではなさそうだが、どのくらい賢いかは分からない。でもその穏やかで熱い視線と粘り強い態度で、ジロ子のハートを射止めたようだ。

順番待ちの雄犬が彼らの下に潜む

 ジロ子は最初、彼に向って吠えていたけれど、昨日ふと見かけた光景はわたしを驚かせた。二匹は寄り添って座り、雄犬が別の雄犬に噛まれてケガした前足の傷を、ジロ子が舐めてやっていたのだ。ジロ子はこの犬に恋をしているのだ、と思った。でも数日前には別の犬にお尻を許していたのだから、いったいどういう心境なのかは謎だ。盛りのついた犬たちを見ていると、いつも「犬畜生」という言葉が浮かんでくる。


 タロ子の恋は見たことがないのだが、二度目の出産で授かった子犬が
元気に育っている。これまでの子犬たちと比べて毛並みに艶がないのだが、このところ餌の質と量が低くなっていることがその原因だろう。犬猫たちはかわいそうだが、クミシュテペの人間たちも飢えかけているので仕方がないことだ。一度出て行った猫がうちに戻ってくるのも、外で拾える餌が減ったということがあるのかもしれない。
 

おうちごはん

 来週からこどもたちの学校が再開するので、ナーセルの三女と長男のために開いていた英語レッスンは終わりにした。彼らが覚えたのはアルファベットの読み書き、1から20までの数字、それからいくつかの単純な文章だ。英単語はよく覚えてきたけれど、100個には達していないだろう。しかしこの短期間でよくがんばったと思う(特に先生が)。長男はあいかわらず夕方に来て一緒にお茶を飲み、そのあと南庭でハリルを手伝っている。

ゴルメサブジ

 彼が来るのは午後3~4時なのだが、その時間にわたしたちはランチを食べている。ハリルは朝早くから牛と羊を放牧して、朝食をとるのが11時だったりするので、ランチも遅くなってしまう。

チョントリ

 今日はまたチョントリを揚げた。飲み物はチャル(ラクダの発酵乳)からヨーグルトに切り替えた。夏の暑い時期はヨーグルトを作るのに温度調整が難しいけれど、だいぶ涼しくなったので作りやすくなったからだ。ハリルは酸味のあるヨーグルトが好きなのだが、義母は酸味なしが好きなので、ナーセルの家から種をもらってきたら、しばらく冷蔵庫に放置して発酵を進ませて、それからヨーグルトを作っている。


 またハリルはチョントリはカリッと揚がったのが好みなので、今日は二度揚げしてみた。いつも、「次はカリッと揚げてくれ」と言われるのだが、一体どうやったら魚がカリッと揚がるのか、分からず困っていた。今日はうまくいったので、高めの温度で二回揚げる方法でしばらくやってみようと思う。
 インスタグラムやブログを見ていると、みなさんのおうちごはんは量が非常に少ないように感じるのだが、そのあとデザートをたっぷり食べたりしているんだろうか。うちはスウェーデン時代より食べる量が減ったけれど、それでもご飯は一人一合きっちり食べている。スイカは一人半分です。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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