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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

鶏団子

ハリルが出張から戻って一週間が経った。一緒に出張に行ったうちの一人が今でもお客さんとして泊まっているのだが、彼はキルギスタンに住むウズベク人。いろいろと話を聞いているうちに、キルギスタンに興味が湧いてきた。山岳の多い自然豊かな国だそうで、日本からの観光客も多いのだとか。彼はこれからも当分うちに泊まるようなのだが、明るくて礼儀正しくて感じのいい人だからか、おさんどんも苦にならない。
とはいえ、最近わたしは刺繍に憑りつかれているので、家事はなるべく簡略化しようとしている。今の時期は羊肉がなく、もっぱら鶏肉か魚を食べるのだが、鶏肉は胸肉とささみの扱いが難しい。どちらも脂が足りないので一品料理にするには持て余していたのだけれど、最近いい方法を見つけた。肉団子である。
鶏肉は、内臓を取ったあとのまるごとを冷凍したものを買ってくる。まずはももを落として、手羽も落として、そのあと胸とささみを削いでおく。残ったガラともも肉、手羽は別々に冷凍する。胸肉とささみはフードプロセッサーでミンチにして、たまねぎ、にんにく、塩、植物油と混ぜる。


(緑色は、代用した葉にんにく)

それを団子状にしてフライパンで焦げ目がつくまでじっくり焼く。よく冷ましたら、小分けにして冷凍する。


二本のスプーンではさんで団子をつくる

こうしておけば煮込みやスープと作るときに、肉の処理をせずに済むので楽チンだ。脂の少ない部位ににんにくと植物油を足すことで旨味も増す。
料理に肉団子を入れることが増えたので、ウズベク人のお客さんは「日本人は肉団子をよく食べる」と思っているかもしれない。箸を自在に操っているので驚いていたら、奥さんはウイグル人(中国人)なのだそうだ。ちなみに彼はウズベク語、ロシア語、トルコ語、キルギス語を話し、わたしも日本語を入れて四ヶ国語を話すのに、共通の言語がなくて会話が成り立たない。トルコ語はトルクメン語に似ているので、今年は覚えようかと思っている。新しい言語を覚えるのはとても大変なことだが、使う目的や興味があれば、習う気も出るというものだ。

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キンドル・ケース

チャイ・ガープ(茶袋)型のキンドルケースがようやく完成した。はじめてのスティッチを二つも習ったし、配色も納得のいくまでやり直したので、一ヶ月以上はかかったと思う。


最初にした配色

最初の配色は、黒と黄色の対比や全体的に原色を使ったカラフルなものだったので、トルクメンというよりは「アフリカ」的になってしまった。悩んだ末に、配色を直した。黄色やピンクを解いて、トルクメンの伝統的な配色に近づけた。

そして義母が刺したチュナール(縁の刺繍)も解いて、新しい色で刺してみた。ところが今度は、チュナールの配色が「ギリシャ」的な雰囲気を出してしまった。


裏地も赤に変更した

チュナールの糸の太さも、太すぎたり細すぎたりしてうまくいかなかったので、またチュナールを解いた。刺繍糸は、巻かれたものを店で買ってくるのだが、トルクメンはそれをきれいに撚って、さらに細い糸にしてから刺繍を始める(そのままでは使い物にならない)。最近よく分かったことなのだが、糸を撚る作業は、刺繍を上手にすることに大きく関わっているようだ。上手な人とそうでない人の違いの一つに、糸の撚り具合がある。
普通のチェーンスティッチは二本の糸を撚るのだが、チュナールに関しては三本を合わせて撚るとちょうどいいようだ。


チュナールを解いた跡

チュナールも、普通のスティッチ同様、細かい作業だ。糸を解いたあとの布には、0.5mmほどの感覚の穴がたくさん空いていた。
チュナールの配色も変えて、いよいよ全体が完成した。

いくつもの細かい失敗はあるものの、試作した価値が十分にあった。これは、自分のキンドルを入れて使いたいと思う。販売をしようと決めたら、上手な刺し手に頼んで、よりすばらしいものを作りたい。

猫との生活

ハリルの出張が長引いていて、一週間が過ぎ、ひとり暮らしがつらくなってきた。何がつらいって、犬猫の餌がないことだ。いつもはハリルが鶏肉のくずなどを買ってきてくれるので、それとパンを煮たりしてやっている。その鶏肉はとうに底をついて、最近は人間様の食べる魚や卵、牛乳をパンや米と混ぜてやっている。そして自分は豆なんかを食べてしのいでいる! ナーセルは頼んでも、忘れるのか時間がないのか両方なのか、あてにならないので電話するのもやめた。明日は自分で鶏肉屋に行って、ビニール袋から血の滴る鶏肉を持って帰ってくるか…。憂鬱だ。
ハリルが出張に行くと、義母やナーセル夫婦はわたしがさみしがったり怖がっていると勘違いして、こどもを泊まらせようか? などと申し出てくれる。
…やめてほしい。犬猫鶏がいて食事時もひとりになれないし、一人で過ごすのはもともと問題ないから~。でも今日は、牛乳がほしいと言ったら甥っ子が持ってきてくれた。先週は姪っ子が来たし、ナーセルの奥さんはこどもたちをわたしに懐かせようとしているのかな。いつも三女をくれると言うし(笑)。

今日は雨が降って寒い日だったので、猫たち6匹は家の中だ。チェッケ(魚)を米と一緒に炊いたのをやったので、みんなとても満足そうだった。この姿を見ていると、ロチはやはり死んでしまったのではないかと思う。生きていたら、こんな日には家に帰ってくるだろう。


タイちゃん

チーちゃんとタイちゃんは妊娠している。チーちゃんはいつもどおり家の中で出産し、タイちゃんは外だろう。


タイちゃんのお腹。いったい何匹入っているのか…

お昼は、鶏だんごとカブのカレーを作って甥っ子と一緒に食べた。「カレーライス」という言葉を覚えさせようと10回以上聞き直したのだが、家に帰ったらやっぱり覚えていなかったようだ。ま、ナーセルの息子なのでね。

夜はまたブロッコリのガーリック炒め。そして全粒粉のパンを食べた。

最近は小麦粉と全粒粉を半々で作っている。うちのガスオーブンは、中央のまるい平板が回転するしくみになっているので、その上に四角い天板を置いて、その四つ角に生地を置くと、パンの底が焦げずにうまく焼けることを発見した。

焼きたてをぐっとがまんして、冷めてからうすくスライスしたものをトーストし、バターを塗って食べると最高だ。

市場

果物を買いに、市場にひとりで行ってきた。先週からハリルが出張で留守なので、気楽な一人暮らしを楽しんでいる。でもわたしが買物をすると、ハリルより高いものを買ってしまいがちだ。量が普通なので、結果的には経済的な気もするけれど。


カリン1キロ=160円くらい。350円で2キロちょっと買った


ブロッコリー1キロ=140円くらい。175円分買った(写真はその半分くらい)

りんごは1キロ=100円くらいで、どれもなんだか高いものを買ってしまった気がしたのだが、家に帰って冷静に計算してみたら、ものすごく安い気もする。夕飯は、レンズ豆とトマトとにんにくの煮込みにしたので、それにブロッコリのガーリック炒めを添えた。添えたというか、600gのブロッコリを食べてしまった。ハリルに伝えたら、「これからブロックミと呼ばないと」と言っていた。うまい!
それから市場では、ハリルの弟のユスフがオレンジを売っていたので、買うことにした。「いくら?」と聞いたら、ユスフは「7!」と言った。野菜や果物の値段は、通常1キロいくらかでやりとりされる。1キロ7,000トマン(245円)だと思い、「7は安いの? 高いの?」と聞いた。高いと思ったのだ。でもユスフは「安いよ!」というので「じゃあ2キロちょうだい」と言ったら、2キロはとても少なく、うちなら1~2回で食べきってしまう量だった(10個以下)。そして50,000トマンを渡し、おつりをもらったら、なぜか40,000トマン以上返してくる。おつりは36,000トマンのはずなので、わたしに特別割引をしているのかと思ったら、そのとき初めてオレンジは1キロ700トマン(25円!)だということに気がついた。わたしは十倍の値段で買おうとしていたのだった。事情が分かったので、あらためて「じゃあ5,000トマン分ちょうだい」となり、レジ袋二つにいっぱいになったオレンジを持って帰った。
スウェーデンにいたとき、日本から来た義理の妹が、スーパーでりんごを1個だけ買ってきたので事情を聞いたら、1キロ200円を1個200円だと思ったらしく、大笑いしたのだが、それを上回るポカをやってしまった。175円で、持ちきれないほどのオレンジが買えるクミシュテペ、ブロッコリを爆食いできるクミシュテペ、死ぬまでここで暮らしたらいいかも… と思い始めている。

チュナール

Kindleという電子書籍リーダーを入れる袋を作っている。これはハリルのアイディアがきっかけになった。昔のトルクメンは、チャイ・ガープというお茶を入れる小さな袋を使っていた。布製の単純な袋だが、そこにも刺繍を施していたようだ。その袋の形をまねて iPhoneケースを作ろうとしていたら、ハリルがそばに置いてあったKindleを指して、そのケースを作ればいいと言ったのだった。

まずは布をキルティングして、下絵を描く。これはドゥルリ・サーリチヤンという名前の模様。これと「ウムラ」という模様を組み合わせて大きな模様を刺してあるバラックをいくつか見た。


義母のバラックから模写した模様。その構造を理解するのには案外時間がかかる

さて、この模様の主な部分は線が太く、チェーンステッチを二行刺しただけでは隙間ができてしまう。そこで、義母から別のスティッチを習った。

似ているのだが、違うスティッチだ。最初、針子の一人に教えてもらったのだが、そのときはちっとも理解できなかった。翌日、あらためて義母に教わったが、義母は教えてくれるというよりも、自分で刺して「見ていろ」という感じなので、なお一層分からなかった。仕方がないので、そばに座って針の動きをまねていたら、なぜかできたのだった。そして残っていた刺繍をすべて刺し終えた。

色は自分で選んで、周りには好評だったのだが、最初にイメージしていた配色とはかけ離れてしまった。差し色として置いた黄色やピンクが、トルクメンというよりはアフリカ的な色合いにしてしまったようだ。
しかし作業はこれで終わりではなく、もう一つ新しい技術を覚えなければならない。袋を縫って、裏地をつけたら開いている部分を刺繍でかがる。これを「チュナール」という。

チュナールも義母に教わった。またもや針と糸を手に取って、Kindleケースに直接刺し始める義母。色も「これでOK」といった感じで適当に選んでいた。ますますアフリカチックになっている。しかし今回もチュナールの技術がまったく理解できなかった。なぜって、義母のスティッチは荒れに荒れてあちこちしているので、基準線がどこなのか分からない。おまけに、玉結びした玉が完全に出てしまっている。

義母のあとをまねして刺してみたが、裏側の線の傾きが逆になっているし、この技術はまだできそうになかった。しかし自宅に戻って、義母の針の動きを思い出しながら別の布に刺してみたら、今度もそれらしくできたのだった。


裏側

天才か? 義母のよりきれいに刺せている。Kindleケース本体のチュナールは解いて、新しく刺してみようと思う。できあがりまで、あと少しだ。

バッグチャーム

「バッグチャーム」をご存じだろうか。去年、谷中でトルクメン刺繍の展示販売をしたときに、そのギャラリーのスタッフに教えてもらって知った言葉だ。バッグの持ち手などにつける飾りのことを言うようだ。

これは義母が刺繍をして周りの処理もしたもの。両面のものと片面のものがある。シンプルなバッグにつければ、ちょっとしたチャームになるということだ。

また同じものを作ろうと思い、二枚一組の下絵を三つ、一人の刺し手に渡してあった。ところが戻ってきたのは一組だけ、残りは「(値段が)安すぎるから」と言って刺していなかった。実際、その一つ(上の写真)は非常によくできていたので、伝えてあった数字より高く買い取った。この刺し手は、わたしが知る中では一番上手な職人なのだ。おそらく彼女は別の仕事の依頼が来たので、これがめんどくさくなってやめたのだろう。そういうわけで、残る下絵は自分で刺してみることにした。

まずは枠を緑の糸で囲う。これはどの刺繍も必須の作業なのだ。それから、この図案の場合、線の部分を黒で刺していく。

それから中身に色を入れていく。トルクメン刺繍のセオリーどおり、赤と白の対比にしたいので、表面は赤、裏面は白を基調とすることにした。赤が刺せたら、次はそれを際立たせるための色を刺す。つまり、赤の場合は青、白の場合は緑である(これはもう決まったルールなのだ)。


ザクロの模様

枠線とのあいだに隙間があるので、白と黒の点線を刺した。少し隙間が残ってしまったが、たぶん隙間はない方がヨムート族的な刺繍に近いと思う。

わたしの刺繍の腕は確実に上がっている。このくらいのスティッチであれば、もう売り物にできるレベルだ。ただし、こんな小さな面積を刺しただけで首と肩がガチガチになってしまっているので、もっと楽な姿勢で刺す修行をする必要がありそうだ。

 

猫にも意志がある

猫のロチが戻って来なくなって、どうしたのか考えている。その結論は「分からない」なのだが、いろいろと考えを巡らせているあいだに、気がついたことがあった。
ロチの前には、オス猫のガラジャも姿を見せなくなった。彼もうちで産まれ(タイちゃんの子)、うちの庭でロチやサーリジャたちと育った。わたしたちが日本から戻ってきたときはいたし、数日姿が見えなくてもまたひょっこり来たりしていたのだが、あるときからまったく見かけなくなった。ロチのいなくなり方もそれに似ているのだ。
この五年間で、たくさんの猫たちとの別れがあり、そのほとんどは死別だった。生きているのか死んだのか分からない別れもあったが、それはガラジャ、ロチ、そしてガウシャンだけだ。
ガウシャンは、二代目ガウシャンの娘で、チーちゃんやタイちゃんが産んだ子猫たちと一緒に育っていた。しかしあるとき、家の前に止まっていたナーセルのダンプに自ら飛び乗り、誰も気がつかないうちにナーセルの家まで移動し、その付近で暮らしていることがあった。偶然見つけて、うちに連れ戻したのだが、しばらくしてまたガウシャンは姿を消した。朝ごはんの直前にいなくなったので、ずっと「自らどこかに行くはずがない」とわたしは思っていた。けれど、今思うのは、ガウシャンは自らの意志でこの家を去ったのかもしれないということだ。
ダンプに乗って別の世界へ移動したガウシャンは、この家以外にも猫たちがいて、自分が住むことのできる場所を経験した。そして元の世界に戻されてしまったけれど、この家には飼い主にかわいがられている猫たちがほかにもたくさんいて、その中でガウシャンは仲間はずれにされがちな存在だった。毎日毎日そんな状況が続いたら、「どこか遠くへ行って、自分らしく生きたいなあ~」などと感じたかもしれない。そしてある日ふらっと出かけてみたかもしれない。
ガラジャやロチについても、同じことが言える。ガラジャもロチも、成長したあとは母親たちに冷たくあしらわれ、オス猫でボス猫となったロミ夫からは攻撃されていたので、餌をもらえるとはいえ、この家は安心して過ごせる場所でなかったかもしれない。ときどき戻ってきても、ごちそうをたくさんもらえるわけでもない。かわいいメス猫を追って彼女のそばで暮らした方が楽しいし、「もうここは出て行こう…」と思ったかもしれない。飼い主としては少し寂しい気がするが、そうだったら元気にやっているだろうから、うれしくも思える。実際は、どうなったのか分からないのだけれど。
今回気がついたことというのは、猫にもそれぞれ自分の意志があるんじゃないかということだ。猫をたくさん観察していれば、「猫とは、こうするものだ」の内容が分かるかと思っていたが、猫も人間のように多様な性格があって、必ずしも同じ行動をとるとは限らないのだろう。遠くへもらわれて、そこで出産したあとでもうちに戻ってきた二代目ガウシャンは、自分の意志でそうしたのだ。事故に遭って下半身が動かなくなった初代ロチは、前足だけでうちに戻ってきて、数日後に家の中で死んだ。彼も、自分の意志でここに戻ってきた。とすれば、自分の意志でここを去っていく猫もいるだろう。かわいがっているから、餌をやっているから逃げるはずがないと思っているのは飼い主のエゴで、猫であっても餌と寝床だけを頼りに生きているわけではないのだろう。猫には猫同士の関係もあり、それは猫生の大きな部分を占めるに違いない。特に、成猫になってからはそうだろう。自ら旅に出る猫がいてもおかしくない。そう思いたい。


確固たる意志でうちに君臨するチーちゃん


絶対的に家が好きなサーリジャとキティ


くつろいでるね

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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