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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

後ろ前・ちぐはぐの話

 時はさかのぼって、スウェーデンに住んでいたときの話。

 ハリルはトルクメニスタンを追われてスウェーデンに戻ってきてから最後の十二年間、タクシーを運転していた。わたしが彼に出会ったのはその期間だが、それ以前にハリルがどこで何をしてきたか、それは非常に興味深いものなので、また別の機会を作って書いていくつもりだ。今回は、夜のヨーテボリの街を運転していたハリルが遭遇した、ちょっとだけ怖い話である。
 寝ぼけ眼で仕事に出かけて運転を始めたある夜、一人の男がハリルのタクシーに乗ってきた。よく見ると、なにか薬物を摂っているようで、非常に危険な状態だったそうだ。危険というのは、人に危害を加えるといった類の暴力的なもの。ハリルは機転を利かせて、「よかったらコーヒーをおごるけど、飲みますか?」と言って、彼を店に連れ込んだ。その暴力的なナルコマン(薬物中毒者)は、ハリルの後ろについて列に並んだそうだが、そこでハリルは「あ、財布を忘れたから取ってきます」と言って外に出て、急いで警察に電話したそうだ。非常に危険な状況だから、すぐに来てくれと言った。
 電話をかけて店に戻ると、店の中ではすでに2~3人の男性が倒れていた。ハリルの予想どおり、ナルコマンは周りにいた人に暴力をふるったのだ。そしてそのうちに警官が車で駆けつけて、一人でゆっくり店に入ってきた。まずはハリルのそばに来て、「あなたが警察を呼んだんですか?」と聞いた。ハリルはそうだと答えたが、警官は彼を上から下まで落ち着いて眺めて、こう言った。

 「右と左で違う靴を履いていますね?」

 そう、寝ぼけ眼で家を出てきたハリルは、二種類の靴を片方ずつ履いていたそうだ。警官は、この通報者が本当に信頼できるのか、すばやく、しかし冷静に判断したのだろう。それからガタガタと物音がする方向にゆっくりと進み、大きな体のナルコマンをひょいとひっくり返したそうだ。そして電話をして応援を頼んだ。
 その警官がどんな風貌だったのかを尋ねたら、普通の体格のスウェーデン人だったとハリルは言っていた。なにか特別に訓練された人だったのだろう。たった一人で現場に出向いて、ゆっくり静かに任務を遂行したそうだ。最初はハリルの機転に感心して聞いていた話が、警官への憧れに変わっていったほど、小気味よかった。

 なぜこんな話になったかというと、今朝わたしは早起きして羊・ヤギ・牛の搾乳をして庭の水やりをし、朝食を用意して一服したあと、Tシャツを後ろ前に着ていたことに気がついたから。後ろ前や裏表のハプニングがあると、ハリルはいつもその一件を思い出すらしい。

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デュシェメ

 気温が40℃に近い、暑い日が続いている。とても元気だった子羊が、一日のうちに弱って死んでしまったそうで、ハリルは落ち込んでいる。日陰があったのに、子羊は炎天下で昼寝をする癖があったようだ。四匹の子犬も、みな死んでしまった。
 子羊が死んだ場合、母羊の乳を搾らなければならない。量は多くないけれど、毎日絞らないと、牛と同じで乳腺炎に罹るリスクがある。今朝は羊1頭とヤギ2頭を搾った。ヤギたちも、少し前に子ヤギを失ってしまったのだそうだ。
 羊やヤギのミルクは、牛とはまったく違う風味がある。もっと野生的な香りがして、味はあまい。鍋に入れて沸かしていたら、砂漠でチーズを作ったときのことがよみがえってきた。


さて、今日のお昼はライス。ではなくて、先日殺した雄鶏の胸肉を使った、デュシェメというトルクメン料理。具はライスの中に収まっている。

レーズン、ゼレシュク、サフランを使う

夏はよく、チャルというラクダの発酵乳を飲む。シュワシュワと繊細な泡があって、薬効もあるそうだ。クセがないとは言わないが、飲み慣れるとこんなに夏にぴったりの飲み物はないと思う。羊飼いたちはこれを飲んで力をつけている。


牛乳をつぎ足しながらキープする

チャルをくれた友人の群れ

子猫たちの死

 二週間ほど前に日本から戻ってきたとき、うちのキジトラの一匹が庭に三匹の子猫を連れていた。三匹とも小さくて、まるでネズミのように走り回っていた。まったく人に近寄らなかったが、あるときからそのうちの一匹がそばに来るようになった。今思えば、それは子猫が弱っているサインだったのだ。近くに来るので、台所に入れて水や卵をやった。しかしその翌日にはうんと元気がなくなり、二日後には死んでしまった。
 今年ほど、子猫が死んだ年はない。ベテラン母のチーちゃんも、外で出産したためなのか、早い時期に子猫を失っていた。家の中で出産したガウシャンとキティも、子猫を亡くした。生き残ったのは、ガウシャンの息子ただ一匹だ。

強そうな目つき!

奥のボウルに注目


 キジトラの二匹の子猫は元気に過ごしていたかと思ったら、また一匹、近寄ってきた。前の子猫は台所で一日以上かけて死んでいったので、今回はむりに水や餌をやらず、放っておこうと思った。その子猫はある日、一晩中草の上で寝ていたのだが、わたしが朝の搾乳から戻ったらいなくなっていた。そしてそれ以降、姿を見かけない。どこか見えないところで、一人で死んでいくのだろう。
 憔悴しきった子猫とはいえ、死ぬのは簡単ではないようだ。最初はおとなしく注入されていた餌もいやがるようになり、寝るばかりになる。そうなると大抵、内臓が傷んでいるかのようないやな匂いがする。ときどき起きては、助けを求めているのだろうか、力なく鳴いている。そして場所を変えてはまた眠り、だんだんと呼吸が弱くなっていく。ハエや虫が近寄ってくる。こんな状態を1~2日のあいだ耐えて、最後は心臓が止まって動かなくなる。


 上は残っている一匹の子猫。今朝はガウシャンの息子が彼に興味を示して、遊びたがっていた。初めて見たときから、目が丸くて強そうな猫だと思ったが、そのとおりだといいと思う。

縫いもの

まくらカバーと敷布団カバーを新調しようと思い、市場の露店で布地を買った。事前に縫うものの大きさを計算して、何メートル買えばいいのか決めていったのだが、売り手のおじさんが布地の幅を大まかに言うもんだから、結局計算が合わなかった。2メートル巾だと言う布は計ったら190cmで、洗った後は184cmになったので、4つできるはずの枕カバーが3つしかできない。

裁縫ノートより

しかも半分に折って巻かれていた生地は、日焼けしたのか、広げてみると真ん中の色が落ちて白っぽい線が入ったように見える。敷布団の生地も、3.5メートルと言ったらおじさんはぎりぎりの長さを斜めに切ったので、20cmくらいは捨てである。せめて日焼けのものを買わないように、次からは商店街の店で買おうと心に決めた。じつは以前にもそう思ったのに、何年か経つと忘れてしまうという、ボケっぷり。


枕カバーは、イケアの商品に倣って折り込む部分もつけた。50×60cmのカバーを縫うために、布は50×140cmくらいに断裁した。


できあがり。手前は古い敷布団カバー。おそらくナーセルの奥さんが縫ったものだが、長年酷使したのでつぎはぎをするくらいボロになっていた。この布は、猫用におさがりする。
次は枕本体のカバーを新調しなければならない。袋状に縫って、中身(野鳥や鶏の羽)を詰め直したら口を縫って綴じるのだが、羽を扱う作業が面倒なのでつい後回しにしてしまう。

カスピ海

 カスピ海まで出かけてきた。うちから海までは多く見積もっても5キロくらい、それほど遠くないのだが、海が小さくなっているのか、水際が以前より後退しているようにみえた。というより、浜辺の手前にあったはずの水がなく、かなり乾いていたのである。
 前回、浜辺まで歩いて行ったのは五年前だ。そのときも、「こどもの頃は、この辺も水が胸のところまであった」とジェリルが教えてくれた場所は、足首が漬かる程度にしか水がなかった。海も魚が減っているそうだし、砂漠に作ったエビの養殖場のせいで海水も減っているのだろう。カスピ海は周辺の五ヵ国がそれぞれ勝手に利権を主張しているようなので、アラル海のように消滅する運命にあるのかもしれない。
 今回は行けるところまでバイクで行き、そこから歩いた。地面はぬかるんでいなかったので、靴を脱がずに海に到達することができた。道中の景色は前回ほど鮮やかではなかったと感じたが、それでも人が触れていないからか、驚くほど美しい色だった。その美しさも、数年後にはなくなってしまうだろう。そう思うと暗い気持ちになったが、ハリルは「いずれにしても、これだけの自然がまだ自分たちには残されている」と言っていた。

ハリルの郷愁を誘う場所




来たー! カスピ海



 こんなに近くにいるのに、五年に一度しか来ないとは。今度はお茶を持ってきて、ここで朝食をとるかもしれない。

朝の搾乳

ここ数日、ナーセルの奥さんに代わってわたしが搾乳をしている。朝、暑くなる前の時間帯に、自転車に乗って牛が放牧されている場所に出かけ、そこで牛の乳を搾るのだ。


ハリルはもっと早く起きて、南庭から牛や羊を出し、近くの麦畑で放牧している。麦はとっくに刈られた後で、畑には枯れた麦の根元だけが残っていた。そのあいだに、ちらほら緑の植物も生え始めている。夏のあいだは雨がまったく降らないが、カスピ海からの湿気のせいか、砂漠には緑の植物が育つのだ。

いたいた!


搾乳するのは、No. 3~5の3頭だけ。牛に名前はつけていないが、ナンバーがついている。しかしそのナンバーで呼んでいるのは、もはやわたしだけかもしれない。ナーセルも奥さんも「黒い牛」とか「白い牛」などと言っている。羊の場合も「黒い羊」「白い羊」という言葉が会話に出てくるのだが、彼らはいったいどういう理解をしているのだろう。

最年長となったNo. 3

子牛たち

乳牛以外の子牛たちも、だいぶ大きく育っている。いつのまにか、全部合わせて9頭になっていた。ハリルのお気に入りのシンメンタールも元気のようだ。


南庭の犬たちも、けがしているのがいたり、老いたのがいるものの、子犬たちは頼もしく成長していた。しかしジュニアという弱い雌犬は、いまだに弱々しい。

搾りたての牛乳をたくさんやったら、喜んでいたジュニア。明日もあげるよ

 日本に行く前は、庭に雑草が茂って青々としていたと思っていたのだが、戻ってきたら地面がすっかり砂漠化していた。


 オリーブやその他の果樹がかろうじて育っているけれど、全体的に地肌が見えてきている。庭はこれでも、枯草とその根っこを抜いて、きれいにした後なのだ。

枯草を貯めている場所


 桃らしき6本の果樹も枯れずにいるものの、いまいち勢いがなく、今年は果実がなかった。しかし洋ナシは一つ、落ちずにがんばっている。


今日の夕焼けは、雲がダイナミックな模様を作っていた

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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