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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

塀を造る

いつだったか犠牲祭前に、家の前の排水溝が完成した。コミュニティに最初に申し出てから五年も経っていたし、最後の工事が始まる前にひと悶着あったので、完成してもうれしさは感じられず、「あっそ。」と思っていた。おまけに、うちの排水管は排水溝に届くように管を継ぎ足していないので、排水は今までどおり家の前の土の中に浸み込んでいる。


奥の二階立ての建物は、うちの家禽小屋だ。この通りにはうちを含めて4軒の家があり、そのすべての家の前を通る排水溝が完成した。排水の行き先は、カスピ海につながる水路だ。

突き当たって右(西)に行くとカスピ海、左(東)がクミシュテペの町

さて、排水溝が完成したので、うちは自宅の塀を作る予定だ。すでに職人が視察に来て、工事は1~2日で終わると聞いている。しかし職人を呼ぶ前に、ブロックや扉などの材料を庭の中に用意しておかなければならず、そのためには、排水溝を車がまたげるよう、石を渡しておく必要もある。そういうわけで、まずはハリルが塀を壊し始めた。



今は、家の前の部分に塀がまったくない。これは、以前は家の一階が倉庫だったため、車が出入りできるよう塀を作らなかったのだろう。そのため、倉庫を改造して住居にしてからも道から家が丸見えだったのだ。せっかく塀を作るので、扉は家の前ではなく、庭の中央にしてもらうようリクエストした。


そのあとは、ナーセルが石やら廃材やらをダンプカーで運んで来て、排水溝に橋を渡した。これからセメントを流したりして、橋を完成させるそうなのだが、ナーセルの手仕事となるとちょっと心配がある(作業をしてもらっていて、文句を言える立場ではないのだが)。



この重い石は、一人ではとても動かせるものではなかった。助手として、奥さんが一緒に作業をしてくれて、二人で、素手で、石を動かしていた。ナーセルの奥さんは、「気は優しくて力持ち」という言葉がぴったりの人だ。ひょっとしたらナーセルより力持ちかも。

移植前の綿花

塀のそばに植えたオシロイバナと綿花は、工事で踏みつぶされると思うので、庭のほかの場所に移した。意外なことに、オシロイバナよりも綿花の方がうまく移植できたようだ。

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オリーブ

庭にはオリーブの木が15~16本ある。すべて4年くらい前に植えたものだ。




そのうちの1本から、初めて実を収穫することができた。といっても、たったの13粒だったが。



小さいサーリジャ(大きいのもいる)

きみどり色の実が膨らんできて、毎日たのしみに見ていたら、少しずつ紫がかってきて、熟してきているのが分かった。今朝、ふと気になって調べてみたら、塩漬けにする場合は緑色のときに収穫すると書いてあるではないか! 急いですべての実を採って、塩漬けにすることにした。
しかしそんな日に限って、朝からガスが止まっている。塩水を作るのに、水道水を沸かしたかったのだが、おそらく夕方までガスは来ないだろう。今年の夏、初めて「断ガス」の日を経験した。噂によるとガス管を掃除したのだとか。あれからあまり時間が経っていないので、また掃除ということもないだろう。仕方がないので、小鍋にアロマ用のティーライトをあてて試してみたが、できるはずもない。結局は沸かして冷ましてあった冷蔵庫の水に塩を入れて、オリーブを浸した。


これを冷蔵庫に保管して、たまに水を取り替えればいいようだ。できあがるのは来年になりそうだ。ときどき味見をするにも13個しかないので、じっくり待つのがいいだろう。

ゴルメサブジ



ゴルメサブジこそ、最高の家庭料理だとわたしは思っている。その材料、味ともにユニークだし、健康的で、日本のカレーライスのようにごはんにかけて食べるところが親しみやすい。



ゴルメサブジの材料は、羊肉、うずら豆、生のハーブ(コリアンダー、デ
ィル、フェネグリーク、イタリアンパセリなど)、たまねぎ、ドライレモン、トマトペースト(なくてもよい)。日本ではほとんどが手に入れにくい食材だが、イランではごく一般的なものだ。たくさんのハーブを煮込んだ料理なので、どれだけ香り高いかが想像できるだろう。味も羊の脂のうまみがあり、レモンの酸味があり、豆のまろやかさも加わって、絶妙なバランス。
作り方は家庭によって様々のようだが、わたしの場合はこうだ。まず羊肉に塩をして、フライパンできれいなきつね色になるまで揚げる。こしょうやクミンをふる。それを取り出して煮込み用の鍋に入れておく。鍋にはあらかじめ、洗って切り目を入れたドライレモン、一晩水に浸したうずら豆も入れておく。
フライパンに油を足して、たまねぎをじっくり揚げる。色づいたら取り出して鍋に入れ、次にサブジに火を通す(サブジは、新鮮なものを買ったときに、洗って刻んで油で炒めるところまでやって冷凍しておくと、その後の料理が楽になる)。サブジの香りが出てきたら、それも鍋に入れる。
すべての材料が鍋の中に揃ったら、水加減をして煮込んでいく。水の量は、仕上がったときにスープが滴るくらい多めに入れる。肉や豆が柔らかくなり、スープが緑色になり、油が分離するまで辛抱強く煮込む。最後に塩をして、できあがり。肉やハーブの味も香りも、塩加減ひとつで大きく変わってくるので、最後は慎重にしなければならない。

ホロシュ(コレシュ)。ごはんにかける煮込み


サフランライス、サラダ、ピクルス、ヨーグルトなどとともにサーブする。煮込みだけを入れる蓋つきの器があるとすてきになりそうだ。いつかその器を買いに、イランのある焼物の町まで出かけていくことを夢想しながら、いつもの器に盛りつけている。

デザートにごまクッキーを焼いた

パンを買いに

朝、めずらしくパンを買いに出かけた。普段はハリルに買ってきてもらうのだが、最後に道を歩いたのはいつだか思い出せないほどになったので、意を決して行ってきた。わたしはもともと出不精だが、最近のチーニ事情により、それがひどくなっている。
近所の家並みは貧しい村といった感じだと思っていたが、じっくり見ると、それなりに豊かな面にも気がついた。道路も排水溝も大体整備されている。排水溝に蓋はないけれど、溝さらいとして雇われている人もいるし、ゴミの回収も週2回ある。ゴミの行方はともかくとして、自宅付近にゴミの山があるという不潔な状況が起こることはない。
個人差はあるものの、家も塀や庭などもだいぶ整備されている。小さな路地に入ると、高い塀がある場合は稀なので、その庭もよく見える。多くの家には果樹が植えられて、今の季節、桃や梨などがたわわに実っている。貧しい感じの建物の外見と、果物の重みで垂れ下がっている樹々との対比がおもしろい。
塀と排水溝のあいだの1メートルくらいにもちんとタイルを敷いている家や、鉄で作ったゴミ置き場がある家もあった。蓋のついたカゴのようなものを鉄でこしらえて、四足をつけて、コンクリートの地面に固定する。ゴミのにおいも滞らないし、犬、猫、ネズミ、鳥などあらゆる動物がゴミを荒らすのを防ぐことができる。大体の家はゴミ袋を塀の上に置くか、レンガの塀の隙間に棒を突っ込んでそこにゴミ袋をかけるようにしているが、洗練された道具を自作する人もいるようだ。
路地にはタラゴンがたくさん自生している。密生しているそばを通るとぷうんと香って、清々しい。その他の草も生えているが、大概は散歩している羊に食べられて、草刈りをしたあとのような状態になっている。
クミシュテペは漁師の町だ。夏の強い日差しに加え、カスピ海からの風と湿気によって植物が育つことが、この町の豊かさを支えているのだろう。しかし町には産業があるわけではないので、漁師でない人は家畜を飼ったり(トルクメンはもともと遊牧民)、土方をしたりして収入を得る。それから、国からもらう生活手当のようなお金をあてにしている人がほとんどだそうだ。貧しいけれど、まだ切羽詰まってはいないのかもしれない。
貧しさを象徴するのもがあるとしたら、それは家につけられている鉄格子だ。窓と扉を鉄で厳重に覆っている家が非常に多い。泥棒はいるらしいのだが、多くの家は大家族なので誰かしら家の中にいるだろうに、それに大して高価なものは持っていないだろうに、と思うのだが、そうなっている。実際はみんな、家に金塊を貯めこんでいたりして。うちは今でも鍵をかけないことがほとんどだが、泥棒に入られるまではこのままだろうと思う。自ら進んで鉄格子の中には入ろうと思わない。

今朝の収穫パン4個。1枚16円くらい

一日中、焼きたてパンが食べられるのは、イランの豊かさのひとつだ。

電気系統の整備

今日は電気の職人が来て、いろいろと整備してもらった。サロンのファンと仕事部屋の電気を設置してくれたことが、大きな進歩だ。


部屋の中央に扇風機を設置するために、職人はいすを二つ並べてその背の部分に乗るという。うちに脚立がないからだ。こういうときのために脚立を買ってくれと何度もハリルに言ってきたのに、例によってこうなっている。しかしあまりに危ないので、いすをわたしが支えることにした。一度、支えていない状態で職人が背の部分に乗ろうとして、「ギシッ!!」とすごい音がしたのだが、よく見ると、少し歪んでいるので修理に出そうと思っていたいすがまっすぐに直っていたという、不思議。


いずれにしても、ファンは無事設置された。部屋が涼しくなったかといえば、ないよりはましという程度だが、やはりないよりはよっぽどいい。音はうるさいが、残暑が厳しいクミシュテペなので、ついてよかった。


ファンは、壁につけたこのスウィッチで操作する。つまみは5段階あるが、どこに回しても「1」と同じである。この扇風機は、5~6年前に雇っていた夫婦がこの家に住んでいたとき二階に設置し、出て行くときに置いていったもの。忘れたのかもしれないが、借金を返さないまま逃げるように辞めたので、取りに戻れなかったのだろう。たぶんそのせいで(?)、しょぼいのだと思う。
それから、クロゼット兼仕事部屋にしようと思っている部屋に、他とは違う明るい電気がついた。強めのライトで、ランプのカバーのついたものをリクエストしたところ、電気にはどれもカバーはないというので、蛍光灯になった。




見栄えはよくないが、これで作業はしやすくなるだろう。最近、デスクや棚を注文できる素材屋さんも見に行ったので、あとは注文するだけだ。デスクや棚が納品されたらたちまち工房らしくなるだろう。楽しみだ。
いろいろなことが整備されて、便利になるのはうれしいけれど、なくてもなんとかなっていたんだよなと微妙な気持ちになることもある。部屋が暗ければ、日が暮れる前に仕事を済ませていたし、扇風機がなくても自然の風を待ってしのいでいた。便利なものはあれば必ず使うけれど、よくない点も必ずある。扇風機なら、有機的な音しか聞こえなかった部屋に機械音がなるようになり、外の動物の鳴き声がよく聞こえない。道路に排水溝は設置されたけれど、さらに多くの家庭の排水が水路に流れ、カスピ海に流れていってしまうようになった。道路が整備されると家の前を車やバイクが頻繁に走るようになり、うるさい。便利さと、深いところまでの快適さのバランスをよく分かった上で、注意深く暮らしたいものだ。

犬たちの様子

病気になったらしいジャポンと、初めての生理(?)が来たジロ子。そしてタロ子。彼らは今のところ、大きな問題にはなっていない。

タロ子

ジロ子

まずジャポンの首の回りの腫れは、一時期より引いてきている。体液が吸収されたのだろうか。化膿もしていないし、なにより本人が元気だ。ジロ子は諦めて、別の雌犬を追いかけているらしく、バグティとともに家を離れがちなので困っている。番犬がいないと、外から来る雄犬たちからタロ子・ジロ子を守るのが、わたしの役目になってしまうからだ。
ジロ子は、自分が雄犬たちの追いかけの対象になっていることを自覚していないかもしれない。家の前に見知らぬ犬が来ると、一番に吠えて前面に出るのは、いつもどおりジロ子なのだ。そして「あっちへ行け!」とでも言っているのか、さらに吠え立てる。そのまま外の犬とともに走り去ってしまうとコントロールできないので、タロ子とジロ子は一日中、家の前に繋ぐことにした。彼女たちは以前からよく繋いでいるからか、鎖を見ても逃げたりしない。むしろ、玄関の前に引き留められていることを喜んでいるようだ。外から雄犬が来ると二匹が吠えるので、わたしが棒や石を持って玄関を出ていく… という方法で、なんとかしている。
しかし実際は、入れ替わり立ち代わり雄犬が来たときに、タロ子とジロ子は「あ、あそこのブロックのかっこいい彼! 来てくれたんだ~」などと思っているかもしれず、わたしは見当違いのことをしているかもしれない。みすぼらしい老いた雄犬については、つい躊躇せず追い払ってしまうのだが。申し訳ないが、これが世の常なのだ。

しつこいおじさん、もう来ないで!

しかし今朝は、タロ子とジロ子が代わる代わる、相手の背中に前足をかけて乗って、腰を振る動作をしていた。遊んでいるのか色気づいたのか分からないが、一日中雄犬を追い払っていてクタクタのわたしは、それを見た瞬間に諦めがついた。こどもを産んだら子犬とともに人にやってしまうとハリルが言っていたが、もうそれに同意しようかと思う。
猫の方は、チーちゃんとタイちゃんがほとんど庭にいなくなった。チーちゃんはまだ分からないが、タイちゃんは妊娠しているようだ。秋を待たずに、こどもを作ったが、年に二回以上は、本当に困る。どこか別の敷地で子育てしてくれるといいのだが。

タイちゃん

雄猫は、成人すると母親の元から離れるそうだ。行方の分からないロチとガラジャ2匹、それからアークジャは、きっとどこかで暮らしているだろう。ロミ夫のほかには、サーリジャだけがまだうちにいる。一度、発情したような時期もあったのに、最近では赤ちゃん返りもしていたので不安定なのだろうか。いずれにしても、生まれたときから弱い子なので、ずっとうちにいるかもしれない。キティが唯一好意を示す相手がサーリジャなので、彼にもいいところがある。

生まれながらの家猫だね

犠牲祭2017

犠牲祭はつつがなく終わった。犠牲の羊を切り、肉を切り分けて冷凍し、お客さんをもてなし、肉を食べて盛り上がった。いや、実際うちは盛り上がっていないけれど、町ではそうだったはずだ。
初日の午後はナーセルが羊を連れてきて、首を切って皮を剥ぎ、部位ごとに切り落としてくれた。それを一日冷蔵庫に置いておき、翌日ハリルが細かく切り分けたものを、わたしが冷凍した。脂肪と内臓だけは傷むのが早いので、初日に処理をして冷凍しなければならない。



動物と遊ぶナーセルの息子。犠牲を切ってくれるのは、まだ十年以上先か

リッチになった冷凍庫

上の二段が今回の犠牲、雄の羊を収納したところ。脂肪も十分にあって、肉もたっぷり取れた。このほかに、鍋二つ分の肉とリブを煮ておいた。羊肉は調理に時間がかかるので、あらかじめ火を通しておいた肉も常備しておくと便利なのだ。
夜は義母の家に行き、肉をごちそうになった。羊肉と少量のたまねぎを水で煮込んで塩をしただけのものが、お皿に乗って出てきた。肉のうまみそのものを味わうことができる。茹でただけでも、脂身がたっぷりあって、それはとてもあまいのだ。
わたしはレモンジュースを絞ってかけて食べるのが好きだが、それは消化を助けるはたらきもある。ナーセルは、ゆっくりと時間をかけてお皿の肉を食べたあと、スプーンの上でレモンを絞って、ひょいっと口に運んでいた。ナーセルの食べ方にはいろいろと決まりがあって、それは必ずしも理に適っているとは思えないのだが、決まりを破らないところはさすがよいムスリムを自負しているだけあると思う。先日は暑い中、外で作業をしているとき、水をくれというので「冷えたメロンもあるよ!」と言ったら、「今はメロンを食す時間ではありません」と言っていた。わははは


さて、うちでは水も入れずに、肉だけを鍋に入れて弱火にかけて加熱済の肉を用意する。肉から脂と水分が十分に出るので、最後に塩をふるだけでよい。
このまま食べてもおいしいけれど、たまねぎやトマトと一緒に煮込むと、旨みがありすぎのおいしすぎの一品となる。これは口にしてみないことには、おいしさが分からないかもしれない。


来客用には紅茶のパウンドケーキいちじくマフィンを焼いた。例によってほとんど来客はなかったけれど、今年初めて分かったことは、小さなこどもたちには、お年玉のようにお祝いのお金を渡すべきだということ。こどもたちが来なくなったのは、毎年うちがお金をあげなかったからかも?

ところで犠牲となった雄の羊の頭は、今も庭に転がっている。頭を使って特別なスープを作ることができるのに、切ったあと地面に置きっぱなしで猫が触ったから、食べられない(ハラム)とナーセルが言ったのだ。ハリルが「水でさっと洗えばいいんじゃないか?」と言ったけれど、無視されていた。そんなわけで犬と猫にやったのだった。初日は毛も生えたまま、目もついていた。タロ子が抱えて齧っていたけれど、三日目にはつるつるの白いガイコツになっていた。すべてを突いたのは、鶏たちだ。

プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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