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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

カブ

先々週だったと思うが、ハリルがカブをたくさん買ってきた。牛や羊、鶏にやればいいと思ってか、あらゆる野菜を大きな袋にいっぱい買ってくるのだ。カブを10キロとか、買い過ぎだし、鶏の餌にするには細かく砕く必要があるし、あいかわらず手間がかかる。そして先週はダイコンとニンジンを同じく袋いっぱいに買い足してきた。
ピクルスを漬けたり、ポタージュにしたりして人間用にも消費してみたが、今日はまた二度目の処理をする気になった。つまり、またピクルスを漬けてポタージュの素を作り置きするのだ。


二丁できあがり

ポタージュはカブとたまねぎをうす切りにして大きな鍋に入れ、上から植物油をかけてバターをちょっと乗せて、弱火にかける。最初はオイルが回るようにかき混ぜるけれど、しばらくしたら蓋をして弱火のまま置いておく。野菜が透き通ってきたら、水を少し足してさらに煮込む。煮崩れしそうなくらい柔らかくなったら、火から下ろしてハンドミキサーでペースト状にし、火に戻して塩加減をしてできあがり。小分けにして冷凍し、食べるときに牛乳を入れて温めるだけの、インスタント食品となる。
はじめの頃は、だしを入れて作っていたのだが、だしが切れたので野菜だけで作るようになった。それでも十分おいしいので驚いた。もっとも、いつもものすごくおいしいものを食べている人には通用しないかもしれないが、シンプルな食事をしているわたしたちには十分なお味なのだった。


冷めたら冷凍する。これでまた夕食に手抜きができる~

追記:
これでようやく、カブの残りは100個くらいになった(笑)。

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動物たちの近況

雄猫のロチが、もう何日も戻ってこない。死んでしまったのかもしれないが、ハリルはどこか居心地のいい家を見つけたのだと言っている。ロチは最近、雌猫を追いかけて何度も遠出をしていたので、そういうこともあるかもしれない。チーちゃん、ロミ夫、タイちゃん、サーリジャ、ガラジャ、そしてキティと、ロチ以外の猫たちはみんな家に入れてやっていたので、疎外感をもったんじゃないといいのだけれど。


サーリジャとキティ

キティはサーリジャが大好きで、彼が外から戻って来ると飛びついていくし、寝るときはくっついて離れない。ちなみに二匹とも、母親はタイちゃんだ。ひょっとすると父親も一緒でロミ夫かもしれない。一年違いの兄妹なのだ。キティは、わたしが布団の中に入れてもすぐにサーリジャの元へ戻ろうとするので、仕方なくサーリジャを布団の中に入れるとキティもついてくる。不思議なことに、猫を抱いていると、すぐに眠ることができる。だから大抵、ロミ夫かサーリジャを脇に入れて寝ている。


ガラジャ(♂)

すっかり家の中にも慣れたガラジャ。彼はおとなしい性格で、鳴き声には表情があってかわいい。でも、サーリジャに続いて彼も発情が始まったので、二匹はお互いの首を噛みあって、練習をしている。首に噛みついて相手をおとなしくさせてから、その背中に飛び乗る。これまで観察したところによれば、雄猫は雌猫にアプローチする前に、同性や小さい猫で十分練習して、それから本番に臨むようだ。

子犬のタローとジローには、少し変化があった。しばらく前に、二匹とも毛並みが悪いのでよく見てみたら、皮膚がかなり乾燥していた。わたしのやっている餌に油分が足りなかったのかと思ったのだが、餌を工夫するまもなく、今度は毛が抜け始めた。二匹とも、いつも体を掻いていたので皮膚病にかかっているのだと思い、ハリルに注射をしてもらった。そうしたらすぐに効いたようで、掻く動作も減ったし、禿げてしまったところも今では新しい毛も生えてきている。タロー(体が白い方)よりも、ジローの方が症状はひどかった。おまけにジローは、タローよりも食が細くて落ち着きもないので、今では二匹のサイズに大きな開きが出てきている。しかし二匹とも、とても活発だ。餌を横からつついてくる鶏を、吠えるだけじゃなく噛みついて離さないので、鶏が逃げるに逃げられずバタバタしているところを見かけた。鶏には悪いが、笑える。
数日前、南庭では子牛が産まれた。No.4の娘No.7が、雌を産んだそうだ。父親はなんと、No.6である。No.6はNo.5の息子で、今でも乳牛(♀)たちと暮らしている。たまに搾乳に行くと、角を振りかざして向かってくるので怖い。

ナーセル宅から届いた初乳(たまごは庭から集めたもの)。出産当日の牛乳は、弱火で加熱すると固まる。2~3日目のものは固まりにくいので、うちではヨーグルトにしているが、日本ではにがりを入れて固めるそうだ。

おまけは、チェッケというカスピ海の魚。3キロ以上あったので、うろこを取って内臓を出すのに一時間半もかかってしまった。わたしは手が遅いので、夏場は半冷凍にしたり、少しずつ冷蔵庫から出したりして捌いている。冬はさすがに手が痛くなるほど冷たいから、その心配はないだろう。この魚も、素揚げにして食べる。

誕生日

また誕生日が来た! はっきり言って、45歳になりました。でも一族(日本の)が超高齢化しているので、自分のことが若く思えて仕方ない。ありがたいことだ(?)。


バラック(野鳥)

少し前まで、誕生日を祝ってもらうためにハリルにしつこく周知してきたのに、結局は自分もきれいに忘れてしまい、当日フェイスブックを見て気がついたのだった。ここ一週間ほど体調を崩して散々だったので、お祝いのメッセージをもらったら急に元気が出てきた。突然始まった歯痛をなんとかしようと強い痛み止めを飲んだら、その副作用に苦しんで、やめたら今度はその離脱のせいか、別の苦しみが出て驚いた。でも終わってみればたったの一週間の出来事で歯痛も収まったし、体調も崩しがちな寒い時期だったことに思い当たった。本格的な春まであと二ヶ月もあるので、まだまだ用心しなければ。


料理中のハリルにおこぼれをもらうキティ。いつもカメラ目線だ

バラックはわたしが料理したのだが、米を入れて炊くところからハリルが仕上げてくれた。そして昼食のあとには、クミシュテペ中の店を回って、お祝いの品を買ってきてくれた。


手前は時期が完全に終わっているザクロです(笑)

買物リストに「ナツメヤシ」「チョコレート」と書いて渡したら、お菓子もどっさり買い込んでくれた。ハリルはダイエットが成功しつつあるというのに、これは心配だ。
それから「誕生日の朝に枕元に置いてほしい」とリクエストした卓上電気スタンドは、先日一緒にクミシュテペ中の店を回ったのだが、見つからなかった。感心するほど、近代化も欧米化もしていない町なのだ。そこで役人の弟ジェリルに頼んで、グンバッドという大きな町で買ってきてもらった。

果たしてプレゼントはもらえたのであります(ジェリルから)。これで曇りの日も夜間も刺繍ができる。うれしい~

鳥の翼

地元の女性たちとの作品づくりをやめたら、ものすごく気が楽になったし、やりたいことだけできるので、刺繍に対する情熱が以前より湧いてきた。最近は、二週間かけて Kindleケースに刺繍をした。ひとつ新しいスティッチも覚えたし、あとは縁の刺繍を習えば、ケース全体を仕上げることができる。

これは、日本から戻った頃に刺し始めたアンナック。最近になってようやく刺し終えた。アンナックとは、トルクメンの既婚女性が外出するときに頭の上に乗せる輪っかのことだ。トルクメンにはいくつかの部族があって、アンナックを用いるのはヨムート族に限られている。ちなみに、クミシュテペにはヨムート族が多く住んでいて、ハリルの一族もそうだ。
「刀」を逆さにしたような形を四つの色で刺したのだが、外側の刺し色を何にすべきか分からず、義母に聞いてこのようになった。刺し終えたとき、白色が妙に浮いてしまって、バランスが悪いので刺し直そうかと思っていたのだが、しばらくして遠目に見てみたら、赤と青、白と緑の二つ一組の模様によって赤・白・赤・白と対比ができていることに気づき、うれしくなった。ヨムート族の模様の基本的なルールの一つに、赤・白の連続がきれいに見えることがある。また赤には青、白には緑の刺し色を使うことも決まっている。
ところでこの模様は、「刀」ではなくて「鳥の翼」という名前がある。鳥の翼はヨムート族によく見られる模様で、いろいろな形があるのだが、どれも「どうしてこれが鳥の翼なんだろう?」というものばかりだった。どう見ても、鳥の足にしか見えない形もあったりして、形をよく理解しないまま刺したので、わたしのは「刀の逆さ」になってしまった。あるいは、クマかなんかが歩いている感じがする。
ところが先日、市場で古いバラックを買った際、この件が腑に落ちたのだった。


鳥の翼

まさに、鳥が羽ばたいているように見える。線のほんの少しの傾きで、こんなにも違う内容になるなんて! と感激した。おそらくこの形がオリジナルで、いろんな人によってデフォルメされていったのだろう。義母のものなんかはもう鳥の足になってしまっている。


義母のフリーハンド。翼がひっくり返っている


わたしが見つけて描いた別の形。これも鳥の翼

しかしどの形を見ても、ヨムートの女性は「これは鳥の翼」と答えるだろう。そういうものなのだ。

縫製のこと

今日は水曜市場でバラック用の布地を買い足した。市場は、町の中心にあるいくつかの通りに毎週一回、屋台がずらっと並ぶ。生地屋さんや絨毯用の糸、民芸品などの店はうちから一番遠い一角にあるので、たいていハリルにバイクで連れていってもらい、そこから市場をひととおり歩いて自宅に戻っている。
いつも行くのは、トルクメニスタンからの品物も置いている店だ。置いているとはいっても、バラック(ズボン)以外はたいしたものはなく、過去に掘り出しものを見つけた記憶もない。けれどバラックは、地元のものも含めてたくさん扱っているので、今日は既製品をチェックしてきた。わたしがずっと取り組んできた「品質」の一例が、一目で理解してもらえると思う。

緑色の生地に大きな刺繍が施されたすばらしいバラック。これは、「クモ」の模様だ。もちろん、手で刺したもので、色づかいも伝統を受けついでいながらもモダンであり、すてきだと思う。値段は飛びぬけて高いけれど、これなら自分用に買いたい。しかし問題は、バラック事体の縫製なのだ。

バラックを裏返すと、こうなっている。これは決して雑に縫ったものではなく、クミシュテペのスタンダードなのだとわたしは結論づけている。見る人が日本人なら、ほぼ同じ印象を抱くと思うのだが、どうだろう? けれども、きちんと縫ってあって、ほつれてくるわけではない。下着なので、布地が擦り切れるまで履いて、擦り切れたところは新しい布で縫い直すことのできる作りになっている。実際に、縫い直して履いている人がいるかどうかは、はなはだ疑問だが。
そんなわけで、縫製は自分でしようと誓いを新たにしたのだった。ものすごくハイクオリティを求めている訳ではないけれど、このクミシュテペクオリティは、わたしの店に置くわけにはいかない。

しかしクミシュテペには、独自のクオリティがある。今朝は早くからナーセルの奥さんがうちに来て、鶏を一羽持っていった(目が覚めて寝室を出たら、玄関のたたきに人が立っていて、思わずのけぞった!)。トルクメニスタンからお客さんが来ているので、なにかご馳走をこしらえようという話が昨夜まとまったそうなのだ。ハリルが雄鶏を捕まえて、袋に入れるかと思いきや、奥さんは羽をクロスさせて飛べないようにし、そのまま持っていった。「コケーッ!」と叫ぶ鶏をぶら下げて、15分くらいだろうか。


あばよ!

刺繍のこと

この四ヶ月、何人もの地元の女性たちと刺繍の仕事をしていた。具体的には、わたしが生地と下絵を用意して、刺繍の刺し手に刺してもらうとか、トルクメンバラック(ズボン)用の生地を買って、縫い手に縫ってもらうという作業だ。時々、想像以上の刺繍が仕上がってきたりして、期待に胸膨らむこともあったのだが、それと同じくらいかそれ以上に、がっかりするようなものが戻ってくることもあった。ズボンの縫製にいたっては、がっかり以外は何もなかった。そこで先日、大きな決断をした。
…というのは大げさだが、女性たちとの共同作業を一旦中止しようと決心したのだった。いつも、刺繍があがってくるとその内容を見て値段をこちらから提示するのだが、たいてい刺し手からは「もっと多くくれ」という嘆願があり、「じゃあ1,000トマンだけね」などとおまけをする。けれど、そのとき刺し手が持ってきた刺繍は選択肢があるなら買い取りたくないような内容だったにもかかわらず、相手が値段に不満を示したので(これは自然なことなのだが)、自分でも驚いたことに「もう、やめにしよう!」と言ってしまったのだった。
わたしが作ろうとしていたのは、トルクメン刺繍を施した日用品で、日本の日常生活で使える民芸品だった。ペンケースやバッグ、ちょっとしたアクセサリーなどだ。けれど、トルクメンの刺繍の刺し手はそんなものに刺繍を施したことはないし、イラン人である彼女たちは色の好みも日本人とはまったく異なる。色について指示したり、できる限りの工夫はしてみたものの、納得のいくものがほとんどできなかった。そして上手な人がやめてしまったり、下手な人が上達しなかったりで、時間とお金ばかりが消費され、わたし自身もより強いストレスを感じるようになってきた。だから、一旦中止は自然な結論だ。
けれど、ここ数ヶ月の経験は、無駄ではなかった気がして、うれしい気持ちもある。日本で市場を見つけて地元の女性の仕事を増やせればいいと考えているのに、そのための仕事を彼女たちがなかなか分かってくれない、覚えてくれないと感じていたけれど、そうではなくて、彼女たちは覚える気もないし、その必要もないのだということが分かったのだ。自分が「日本向けの品質」にこだわり過ぎていただけで、トルクメンの民芸品を作るのだから、彼女たちができることの中からそれを見出していくのが、本筋なのだろうと思った。つまり、彼女たちの持っている技術を使って新しいものを作るのではなく、彼女たちがすでに作っているものを日本に紹介した方がいいに決まっている。地元の女性も、経済的に余裕がないこともあり、悠長に「美しいもの」を追求している場合じゃないのだ。さっさと仕事をこなして、収入が欲しいだけの人たちに「よりよいものを作ろう」などというのは、見当違いだったのだ。
…と、考えはここまで方向転換したものの、じつは彼女たちが作っているズボンに対して、わたし自身の興味が薄れてきているのが問題だ。その原因はなぜだろうといろいろと考えていくつかの理由も思いついたのだが、そこは今のところは大きく省略しておこう。
これからどういうことをするかというと、昔ながらのズボンを作り続けている義母との共同作業に集中し、トルクメンの伝統的な日用品を調査しながら、作るものを選び直したいと思っている。そして自分自身でも継続的に刺繍をして、腕を磨きたい。自分は売り手に徹したいと思ってきたけれど、しばらくは作り手をやってみるつもりだ。日本での民芸品販売という目標は変わらずあるが、今回分かったことは、地元の女性が仕事をしている限り、商品を一から作るのと市場で買うのとでは品質が変わらない、一から作れば労力とお金が余分にかかるということだった。したがって、市場で商品の研究をすることも、今後の作業に加えたいと思う。

以上、トルクメン刺繍の製作ノートでした。今後も製作風景など、載せていきたいです。「さばくの民芸店」というカテゴリーをひとつ増やしました。

子犬とベッド

ハリルが拾ってきた子犬タローとジローは、順調に育っている。わたしが餌をやっているので、懐いてとってもかわいい。「座れ」は満足にできないけれど、餌をあげようとすると自らお座りをしてみせることも多い。


ジロー。あ、服に触るな!


タロー


バグティ

ジャポンが一週間ほど戻ってこなかったので、バグティもつまらなそうだった。ついにジャポンを失ったと思っていたら、さっき戻って来た。メスを追いかけてどこかで過ごしていたんだろうけれど、恋には破れたようで、悲しそうな雰囲気が漂っている。「ジャポンは死んでしまった…」と思わされたことがこれまで何度もあったので、なんだか慣れっこになったが、それでも戻ってきたときは胸のつかえが取れたようだった。
猫たちも発情しているため、あまり家に寄りつかないので、朝晩にやっていた餌をやらなくて済んでいる。ときどき帰ってくる猫には、その場で餌をこしらえてやっている。


ロチ

子犬が食べないように、猫の餌は壁の上に置くこともある。しかし日中は鶏たちがうろついているので、猫の餌も奪っていく。わたしがそばにいて追い払わないと、猫はギブアップしてしまうのだ。

さて、今日は午後になって大きなものが納品された。

ベッドだ。新しいカーペットを敷いてから発注してくれと散々頼んだのに、やっぱり買ってしまったハリル。


「おじさん、そっちしっかり持って!」

これを玄関の前の床に置いたところで若い運転手には帰ってもらったのだが、失敗だった。ハリルとわたしでは、重過ぎてとても寝室に運べなかったのだ。それで、玄関の前にドーンと置きっぱなしになっている。これから何日この状態が続くのか…。それに、この開きっぱなしのベッドの下をどうやって掃除していくのか…。ひさしぶりに「予想どおりの失敗」がやってきた感じだ。クミシュテペ生活では必至の結末。

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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