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砂漠人5

トルクメンサハラの暮らし

   

退屈な日々

毎日、犬猫に餌をやり、淡々と雑用をこなしている。年初め(イラン暦の)にリストアップした庭仕事は、一つを除いてすべて終えてしまい、玄関ドアの外に花を飾る余裕まで出てきた。花といっても、庭で切り落とした菜の花を古いバケツに入れただけだが。

家の中の雑用も然り。しかしがんばって設置した洋服ハンガーが、服の重みのせいか、ネジごとすぽっと落ちてしまった。たまたま通りかかったワハブ(木工職人)に見てもらったら、ネジが短すぎるので直してくれるとのことだったが、その後連絡はない。

 
見事に抜け落ちた
 
落ちた服をすかさず利用する猫たち

一人暮らしが退屈になってきたので気晴らしをしたいと強く感じるのだが、クミシュテペではできない。買物に行ったり(東京で)、友達とお茶(おしゃべり)したりしたいのだ~ 

仕方がないので、また端切れ処理を兼ねた手芸を始めた。刺繍作品の縫製仕事もぼちぼちあるけれど、もうちょっと解放感が得られることをしたくなる。結局は、いつものパッチワークとなった。できあがっているので、写真は明日撮ろうと思う。
今日は雄鶏を二羽、殺した。一羽はナーセル家、一羽はわたし用だ。雄鶏の数が多すぎるので食べることにしたのだが、どれも肉がほとんどついていない。餌が足りていないのと、交尾しすぎなのだと思う。雌鶏が卵を産まない原因も、それかもしれない。卵を売ろうと思って鶏を一年世話してみたのだが、知識不足と予算不足で結果は悪かった。ハリルがいなくなって、青果類の餌の確保がなくなったのもよくない。これからは食べるか売るかして、10羽以下に減らそうと思っている(現在34羽)。

わたしの分は、最年長の雄鶏だった。ほとんど肉がないけれど、色のきれいな赤身だ。店で買ってくるブロイラーの鶏肉は白っぽいので、これとはまったく異なっている。でも右手前の二切れはささ身ではなく、胸肉。どんなに痩せているか分かるだろう。ささ身は小さすぎて、ガラにつけたままにしておいた。
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キティの出産

我が家の美猫、キティが初めての出産をした。朝から大きな声で鳴いていたので、陣痛がきたのだとすぐに分かった。わたしのベッドの上で産みたそうにしているので慌てて寝室を閉めて、物置部屋に移した。このところ気温が低い日がつづき、家の中は冬のように寒い。寝室と物置部屋はストーブをつけてあるので、ストーブのそばに段ボールを置いたら、しばらくしてキティはそこに入っていた。

産まれたて!

二匹目を産もうとしているところ

キティは二匹産んだが、残念ながら二匹目は死産だった。一匹目は、黒っぽい卵のようなものがゆっくり出てきた。産む瞬間、キティは泣きもせずにゆっくり何度もいきんでいた。卵のような頭がようやく外に出たと思ったら、それに続く胴体はするっと出てきた。黄色だった。大好きなサーリジャの子か、または別の猫の子か? 二匹目は黒くて、額に黄色の毛があるめずらしい色だった。しかし頭が出てきたとき、口が大きく開いて舌が出ていたので、これはおかしいと思った。案の定、キティがへその緒を切って羊水を舐めきっても、呼吸を始めなかった。仕方がないので口をもっと開けてみると、舌と喉のあいだが開かない。気道が発達しなかったのだろうか。いずれにしても生は始まらなかったので、キティからすばやく取り上げた。


キティは神経質な猫だが、母親になってなにか変わるだろうか。子猫に付きっきりで、大事に思っているようだ。猫はいつから母親になるのだろう。自分のお腹から出てきた小さい猫(まだ猫には見えない)に乳をやり、大事に守ろうとするのが不思議だ。この子猫は、出てきた瞬間から乳を飲みたそうにしていた。元気いっぱいだ。



カボチャ畑の方針を決めた。大がかりな作業が必要となる柵はやめて、普通に地植えする。あるだけの種を植えて苗が育ったら、最初のうちはカゴで保護し、蔓が伸びてきたら放置する。鶏が食べたらそれまでだ!


そういうことで、畑になる予定の場所を耕した。この細長い敷地の中央に苗を植えて、奥と手前の二方向に蔓を伸ばしたいと思っている。
牛小屋の前なので、牛を飼っているときはここから餌をやっていた。わたしたちが牛の世話をしたのは三年くらいだが、その前にユスフや住み込みの夫婦が小屋を使っていた。地面にはたくさんのゴミが落ちていて、わたしは三年のあいだにずいぶん拾ったものだ。表面はもちろんのこと、地面から飛び出している紐や袋を引っ張って、見えるところはきれいにしてきた。しかし掘り返してみると、ゴミはまたザックザック出てきた。ゴミだけなく、石やセメントの塊もたくさんあって、シャベルを入れるたびにガツンとくる。

戦利品?

果物ナイフが3本とスプーン1本も出てきた。果物ナイフはこちらでは作業用ナイフなので、紐などを切るために使って落とし、埋まったのだろう。新しい場所を片づけるたびに、過去十数年の歴史が手に取るように見えてきて、そのたびに憂鬱になる。この場所からこういったゴミを撤去したのは、もう三度目だ。なぜこんなところに、こんな人たちに大きな投資をしてしまったのか…。

これだけの瓦礫と袋いっぱいのゴミが地中に捨てられていた

しかし過ぎたことは仕方がない。これからどうするのか、ここからの判断が大切なのだ。

プラム?

クルミ

りんご

希望はある。植物の成長を見ていると、この世は本当に希望に満ちていると感じる。わたしたちの未来を救うのは、植物という自然なんじゃないだろうか。

トイレから自宅への歩道

自宅前

草もだいぶ刈り取り、次に伸びてくるのを待っているところだ。わたしが庭の手入れをすると、すっきりしすぎてしまう。去年、一ヶ月不在にしていたときの庭は、もっとワイルドだった。部屋の整とんをしても、「引越し前夜」みたいになってしまうし、料理の盛りつけも淡泊にまとまり過ぎる。そういえば美大予備校でデッサンをしていたときも、何を描いてもわたしのデッサンは痩せた感じの絵になっていたように見えた。それはまったく魅力的ではないのだが、人物の内面が現われてしまうのだろうか。やだな。

市場

今週も、市場で買物をしてきた。初夏になれば、プラムやあんず、桃など果物がいろいろ出てきて楽しいのだが、今は我慢の時期だ。りんごはいつでも売っているが、柔らかいし、ちっともおいしくない。トルクメンはよく買っているけれど、単なる習慣なのだろう。



もちろんコリアンダー


買う量については、だんだんコツが掴めてきた。ほぼ毎週、カレーとチリビーンズで乗り切ってきたが、今週はナスを使ってチョレク・バティールいうトルクメン料理を多く作ろうと思う。なんてことはない、たまねぎ、ナス、トマトなどを炒めただけの簡単なものだ。
最近、「低温調理」を始めた。水島弘史というシェフの本を一冊読んで、具材の切り方、火加減、塩加減を変えて作るようになった。そうしたら、カレーもチリビーンズもものすごくおいしくできるような気がしている。バティールもきっとうまくいくに違いない。

キティ。もうすぐ出産か

魚サンドなど

チャファックという魚を揚げて、コールスローサラダと一緒にはさんだサンドイッチを食べた。チャファックは骨が柔らかく(細く?)、素揚げにすると背骨ごと食べることができるので、これを思いついた(いや、じつはお米を茹でるのが面倒だった)。初めて試したけれど、かなりイケる。もう旬は終わったので、来年は最初からこうやって食べてみよう。




食べにくくて結局、パンをロールして食べた。ラヴァシュという薄いパンで包むといいかもしれない。デーツのケーキも焼いた。



左は、一晩水に浸したデーツを油と砂糖といっしょに温めたもの

今回はクルミも入れてみた

デーツはイランの名産。日常的によく食べられている


濃厚で、このケーキの前を通るとつい一切れ、切って食べてしまう。砂糖は控えめの量なので、「あんま~い」という感じではないのだが、どっしりと食べごたえがある。


茂っていた庭の草は、たいぶ刈り取った。小さな森のようになっていたのに、草がなくなると平らな地面が見えてきた。明日は風が強いそうなので、果樹に支えをした(赤い点線部分、見える人には見えるかも)。

一番小さな無花果にも支え


カボチャはここに植えようかと思って耕したが、鶏対策をどうするか、まだ心が決まらない。ユルタに使われる骨組みがあったので、これに伝わせて空中栽培するか? そうすると作業量が半端ない。種をお隣さんにあげてしまうべきか? 判断力が問われるところだ。

庭仕事

今日は一日中、庭の仕事をしていた。牛用に草を刈ることは日課だが、歩道を整えてみたり、石やゴミを拾ったり、畑の準備をしたり、やることは無限に出てくる。しかしハーブを植えた畑は、早くも諦めた。鶏が芽をきれいに摘んでしまうので、もう水やりもやめたし、そこに無花果の小さな木も植えてしまった。
DIYも庭仕事もそうだが、最近はっきりと気がついたことがある。どんな家事でも遂行するためには実行力はもちろんのこと、判断力がとても大きな要因だということだ。これまで庭がどうにもならなかったのは、わたし自身がどうしていいか分かっていなかったからだろう。「庭をどうするのか」ということに対する意識が、ぼんやりとしていたのだ。去年までは、ただ体を動かすためにあれこれやろうとしていたけれど、今年は果樹を計画的に配置して、歩道を意識して配置して… とやっていたら、草木の要・不要も判断できるようになり、作業も簡単になってきた。これまでは、自然に生えてきたものはすべて、どうにかして育てようとしていただけだったのだ。


自然に生えてきたセロリは、1メートルを優に超える高さになった。花がたくさん咲きそうなので、その周りを耕しておいた。その作業の最中、セロリから数十センチしか離れていないところに、別の小さなセロリの株が出ていることに気がついた。上の方は草と一緒に刈ってしまっていたけれど、根元からそっと掘り出して、植え替えておいた。どこかからこぼれた種は、ひとつじゃなかったのだ。見つけたときは思わず「あっ!」と声が出た。

セロリの花

畑は、日本のカボチャの種が手元にあるので、それを蒔くだけにしようと思っている。鶏から守るために、なんとか囲いができないか考えているのだが、「鶏はカボチャの葉のように表面がざらざらしたものは好まない」と書かれた記事を見つけた。わたしの判断力は、その一行に頼るのはまちがっている、と言っているのだが、うまい囲いができそうにないので、それに賭けそうになっている。

チーちゃん

毎年、家の中で出産して子育てをしていたチーちゃんは、ガウシャンに追い出され、どこか別の場所で出産した。タイちゃんも然り。だから今年は子猫が二匹だけだ。チーちゃんタイちゃんが何匹産んだのか、どんな色のを産んだのか、知ることができないけれど、猫が分散されたことはよかったと思っている。

台所のシェルフ設置

今日のタスクは、台所のラックの設置。地上階のDIYはついに、最終章を迎えた。
日本から送ってもらったステンレスのシェルフを横に4枚、設置したのと、それに合わせて既につけてあったハンガー類をつけ直す作業だ。壁には水回りだけセラミックタイルを貼ってあるので、これをドリルで砕くのが本当に大変だった。

壁がボロボロです(笑)

タイルの後ろの壁も、コンクリートの柱にあたる箇所もあって、死ぬかと思った。合計26個の穴を開け、最後は力尽きて頻繁にドリルを泳がせたが、「根性で」終わらせることができた。これは本当に、男性の仕事だと思う。

すべてを撤去して、穴を開けたところ

シェルフを設置

ハンガー類も再設置

ブツを配置

あとは要らなくなった壁の穴を埋めて、使いやすく物を配置すればいい。水切りカゴをなくしたので、ワークトップの空いている面積が増えたのがいい点だ。
途中で暑くなって上着を脱いだら、猫たちがその上で眠っていた。子猫たちはわたしが服を脱ぎ捨てるたびに、その上で丸くなる。初めてのおしっこは、わたしの靴下の上でやってくれた。


今は自分でトイレに行ける

母、ガウシャン

最後は恒例のビフォ・アフで締めくくりたいと思います。

BEFORE

AFTER

BEFORE

AFTER

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プロフィール

イランのトルクメンサハラに移住した日本人クミコです。中央アジアの少数民族トルクメンの夫と、その家族や動物との日常を綴ります。
2006年にスウェーデンで始めたこのブログは、4回引越をして今に至りました。過去のサイトはリンクより閲覧できます。

連絡先:sabakujin at gmail dot com

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